庫に潜む


 狭いところに居ると、自分が押し込められ、自分自身が小さくなってしまっていく、そんな気分がする。ありとあらゆる幻想が脳みそを引っ掻き、或いは肩にとりつき、剥がれなくなる感覚。 
けれど私は時々、あえてそんな気分を味わいたくなり、書庫へ行く。 
書庫に入った瞬間、まず古い本の匂いが襲ってくる。強烈というわけではないけれど、脳の一部が焦がされる。けれど、この匂いを嗅いだとして嫌な気分にはならない。むしろ、もっと奥へ進み、本を片っ端から開いて回りたくなる、そんな危険な中毒性があると思う。 
足音を立てながら、書庫の中を1人で歩く。 
書棚は障害物、死角が多いのに本と本の間の隙間がちらつき、誰かに監視されている逃亡者の気持ちになる。私は見られている。 
部屋のどこかから、空調の音が聞こえる。それが、書棚の影に潜んでいる誰かの吐息のようで、私を落ち着かなくさせる。 
私は早足になる。 
灰色の書棚の隣をひとつ通るたび、誰かが待ち構えているのではないか、油断した隙に、誰かが後ろにいるのではないか、という気分が襲ってくる。私は前方を見据えながら、そこに隠れているのは誰だろう、と真剣に悩み始める。 
最奥までたどり着く。 
私の周りの数々の本が、「私を開け。空気と酸素に晒し、外界へ連れて行け」と要求している。その声が聞こえる。
薄暗い書庫の中、私は本に取り囲まれ、誰かの吐息を聞く。 
そしてふとした瞬間に、私もまた、呼吸を止めて誰かに紛れてみる。私もまた隠れる側に回るのだ。わざとらしく最奥の本棚の後ろに隠れ、少し顔を出して、入り口を確認する。 
こうすると、不思議と怖くない。私の考えは変わる。今の私もまた、隠れる側、私が脅かす側なのだ。誰かが入ってくるのを待ち、呼吸をする。 
書庫に探訪する私は、そうやって本のひとつに紛れる。書棚の群れの中に生息する生き物のひとつになる。 
そして満足したら、急ぎ足で書庫から出て、鬱屈した空気を肺から吐き出し、一人の人間に戻る。 
そして二回目の吐息を吐き出す頃には、空いた時間をもてあます暇な学生に戻っている。 


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