優秀MOBU(ゆうしゅうもぶ)



*キャラ表*

遠藤くん  「刑事A」の役をつとめる。とても熱心。字はあまり綺麗じゃない。 
倉田監督 このドラマの監督。最近ちょっと体脂肪率が笑えない数字になってきた。
 立花くん 「探偵キサラギ」の役をつとめる。よく雑誌に「個性派俳優」と書かれるのが実は悪口なんじゃないかと危惧している。


--------------------以下本文



監督「はい、えーそれじゃリハーサルいきます! 3,2,1、はい!」

立花「…割れた花瓶、撲殺された被害者、残されたダイイングメッセージは別れた妻を示すもの…しかし、彼女にはアリバイが…。…この現場に残された手がかり、必ず見つけ出さなくては…」
遠藤「大変です、キサラギ刑事!」
立花「どうした!(振り返る」
遠藤「ツユノ橋付近で、撲殺された死体が引き上げられました!」
立花「な、なんだって!」

監督「はい、オッケー! …うん、いいね。実に順調、順調」
遠藤「あのぅ、倉田監督」
監督「ああ、君は…」
遠藤「エンドウです、刑事Aの役を」
監督「そうだったね、何だい?」
遠藤「今回、この人気探偵シリーズ『キサラギ』に、刑事Aという役で出演できてとても光栄です、嬉しく思っているんです、ずっと憧れてきたドラマだったんです!」
監督「それはどうもありがとう、それで何かな(時間を気にしている)」
遠藤「刑事Aの役は、台詞は二つだけ。もちろん役の重さっていうのは、台詞の多さで語るモノなんかじゃあないって僕分かってます!」
監督「遠藤くん、それで?」
遠藤「ああすみません、僕テレビドラマはこれが初めてで舞い上がっちゃって! …それで、ほんの少しの役どころでも、台詞が二つでも、手を抜きたくない! 僕はそれを監督にお伝えしたくて!」
監督「ああ、そういうコトか。そういった真摯な姿勢で向き合ってもらえると、私もとても嬉しいよ、ありがとう。えー、それじゃあ(立ち去ろうとする)」
遠藤「それでですね監督!(力いっぱい)」
監督「えーと、何だい」
遠藤「台詞の確認をさせてください! 僕だけの判断では、物語から浮いていなかったかとても不安なんです! 僕が出てきたことによって視聴者が『あれコイツ演技素人っぽくないか』などと思ってドラマの世界から覚めてしまうなんてこと、僕のプライドが許しま」
監督「分かった分かった、えーでもね遠藤くん、さっきの刑事Aの台詞で何も問題はなかったと思うよ」
遠藤「本当ですか! ちょっと念のためにもう一度、演技を見てもらってもいいですか!」
監督「あー…うん、いいとも」
遠藤「では、行きます。(咳払い)…大変です、キサラギ探偵! ……あの、すいません(監督の方を向く)」
監督「え、なんだい?」
遠藤「すみませんが、『どうした』を言ってもらえますか、キサラギ役の」
監督「あ、ああ、うん。えー…(ほぼ棒読みで)どうした!」
遠藤「ツユノ橋付近で、撲殺された死体が引き上げられました!」
監督「…うん、問題は特には無いね」
遠藤「(*『特には』の辺りから被せて)こんなんじゃダメだぁあ!」
監督「え?」
遠藤「僕は今! 全然! 刑事Aに成りきれていませんでした!」
監督「いや、えー…そうかなぁ」
遠藤「監督! 図々しい事を聞くのですが!」
監督「あ、うん」
遠藤「刑事Aとは、どんな人生を送ってきたんでしょう!(力いっぱい)」
監督「……えー(後頭部を掻く)」
遠藤「僕には! 刑事Aという人間の人柄が! 見えません!」
監督「……うん、遠藤くん。君の情熱は本当に分かる」
遠藤「ありがとうございます!(力いっぱい)」
監督「ただね、ちょっと聞いて欲しい。…このドラマにおける刑事Aの役割とは、河から死体が上がった、という事を報告する。それだけのものなんだ」
遠藤「はい! …待ってください、今メモをとります!(ポケットを探す)」
監督「…えーとにかく、ドラマの進行に必要な役だ、確かに必要だけれども、要するに死体があがったという、この事実を伝えるという機能に差し障りがなければね、遠藤くん。それでいいんだよ」
遠藤「…なるほど。…では、刑事Aの役柄とキャラクターは、僕が作り上げていい、という事…ですね?(真剣)」
監督「そうだ、そういうコト、になるのかな、うん。…えー、では検討を祈るよ」
遠藤「待ってください! …では、僕がイメージする刑事Aの肖像を今から言います! 聞いてください監督!」
監督「…もう思いついたんだね」
遠藤「実はずっと、刑事Aとはどんなキャラクターなんだろうとイメージトレーニングをしてたんです! 先週から!」
監督「先週から」
遠藤「監督から自由にイメージしていいと言われた以上、刑事Aは僕のイマジネーション通りの人物という事になる!」
監督「…うん、まぁ確かにそういう言い方はしたけれどね、でもね遠藤くんつまりは」
遠藤「ではお話します、監督!」
監督「…うん」
遠藤「刑事Aは幼い頃、両親を強盗に殺されました…(やるせなさに唇をかみしめながら)」
監督「待ってえらく重いトコロから始まるね」
遠藤「その出来事から生まれた正義感が、彼の刑事としての情熱の源になっているんです!」
監督「…なるほど、うん、分かった。いいと思うよ(もう好きにやらせようという気持ち)」
遠藤「さらに大学に入学した頃、恩師が何者かに殺害されます」
監督「まだ複雑になるんだね」
遠藤「言い忘れていましたが、三部構成です。間に刑事A、アメリカロサンゼルス編とスピンオフを挟みます」
監督「ごめん遠藤くん、分かった。本当に君の情熱は分かった」
遠藤「ありがとうございます! …それでは、そんな刑事Aの生涯を踏まえた演技を、もう一度、見てもらえますか!」
監督「見よう、うん見よう。いいよ、やっちゃって!(ぱちぱち拍手)」
遠藤「ありがとうございます! …では、行きます。…大変ですぅううあ! キサラギ、刑事ぃいいいい! っくはぁっ…! ツユノ橋っ、付近でっ…! はっ、はぁっ…! 撲殺された死体が、はぁっ、はぁっ…! 引き上げ、られ、ましたぁあああっ!(その場で膝から崩れ落ちて喉をひゅーひゅー鳴らす演技)」
監督「待って、待って遠藤くん。ちょっと刑事A、動揺しすぎたね」
遠藤「死体を見た事により、幼いころのトラウマが蘇ったという設定なんです、動揺は人間の心を」
監督「いい、いいから、きわめて普通に、OK?」
遠藤「…分かりました(真摯な目) …大変です、キサラギ刑事。…ツユノ橋付近で、撲殺された死体が引き上げられました…! …っくぅ…!」
監督「遠藤くん遠藤くん、あの、さっきより落ち着いていてくれてとても嬉しいんだけれどね、その、何で胸に手を当てて一度うなだれてから空を見上げるんだい」
遠藤「…刑事Aは、死体を間近で見た事により動揺した、しかしそれを渾身の力で、そしてかつて自分を励まし勇気づけてくれた幼馴染リリカの言葉を思い出しながら自分をいさめ、きわめて冷静に状況を報告するという任務を」
監督「リリカって誰…」
遠藤「幼馴染なんです! 刑事Aが刑事という職業を目指すキッカケになった女性で、しかしその正体が実は刑事Aの両親を殺したマフィアグループ、ペペロンチーノブラザーズの幹部である事を刑事Aはまだ知らないんです! 来たるエックスデー、その日が訪れるまでは」
監督「分かった。…分かった、遠藤くん」
遠藤「はい」
監督「監督として、君に指示する」
遠藤「はい!(きらきらした目で)」
監督「さっきのリハーサルの演技を全力で再現してほしい。それが完成への第一歩だ」
遠藤「くっ…! 自分を模倣し越えろという事か…! …でも、乗り越えて見せる…!」
監督「頑張ってほしい(ぽんと肩を叩く)」

監督「はぁ、やれやれ。…いやしかし、今どきああいう熱さは貴重なのかもしれないな…。…おや、立花くん」
立花「どうも、監督」
監督「そろそろ本番だが、…台本は置いといていいのかい」
立花「ああ、言ってませんでしたっけ? 僕、あんまり台本読まないんですよ。台詞も殆ど覚えません」
監督「…えっと…そうなのか」
立花「なんていうかこう上手く言えないですけど、台詞を覚えちゃうとキャラ自身の言葉じゃなくなる気がするんで! 大丈夫です、本番になったらなんとなくキサラギ探偵の役になれるんで! 問題ナシです!(ウインクでもしそうな笑顔」
監督「…ああ、そう。…ちなみにそれじゃあ、キャラクターについての深い考察とかは」
立花「あんまりしません! 考えるの苦手なんで! 役が向こうから僕に下りてくるのを待つばかりです!」
監督「…そ、そっかー」


監督「はい、えーそれじゃ本番!」

立花「…割れた花瓶、撲殺された被害者、残されたダイイングメッセージは別れた妻を示すもの…しかし、彼女にはアリバイが…。…この現場に残された手がかり、必ず見つけ出さなくては…」
遠藤「大変です、キサラギ刑事!」
立花「どうした!(振り返る」
遠藤「ツユノ橋付近で、撲殺された死体が引き上げられました!」
立花「な、なんだって!」

監督「はい、オッケー! …えー、皆さん、それぞれとても素晴らしい演技でした! おつかれさまでしたー!」






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-ukhm-

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