猛者の宿(もさのやど)


咲楽(さくら) 狐の妖怪。用心棒をしている。如月(きさらぎ)の相棒で苦労人。
如月(きさらぎ/通常) 妖怪。用心棒をしている。咲楽の相棒で金の亡者。男の姿
如月(きさらぎ/月下) 如月が満月の日に変身し、女になった姿。劇中で入れ替わる
魅籠(みかご) 宿屋「白鳥邸(はくちょうてい)」の主人。
千代(ちよ) 薬問屋「夢七夜(ゆめななや)」で奉公している子供
鬼灯(ほおずき) 薬問屋「夢七夜」の主人。物腰は柔らかいがえげつない。
以上6名(内 ♂4 ♀2)


*あらすじ*
朱灯籠”の街に帰ってきた、2人の用心棒 サクラ と キサラギ。
新しい雇い主を探す二人の元に飛び込んできた、”薬問屋の積荷の護衛”
人も殺せない依頼は嫌だと渋るキサラギに、耳寄りな情報が飛び込み…


*備考*

緒方穂鳥様宅で開催されている、台本競作企画に参加させていただきました。
(企画サイト様へはこちらからどうぞ)
第一回目のテーマは、「お店」でした。



-----------------以下本文

【状況*朱灯籠(あけどうろう)の街の宿屋街に、2人の人物が歩いてくる】

【SE*地面の上を歩く足音】

咲楽「…はー…やっと着いた…(ため息交じり)」
如月(通常)「(苛々しながら吐き捨てるように)ったく…金さえあれば、蝶ヶ崎(ちょうがさき)から此処まで歩いて帰ってこなくてもよかったのによぉ…」
咲楽「(たしなめるように)まぁまぁ、ほら行こう、もうすぐだよ」
如月「ああ(ぶすっとしながら頷く」
咲楽「…それにしても…。…(はぁ、とため息)…街中だとじろじろ見られるなぁ…。…妖怪がそんなに目立たない街に行きたいよ」
如月「空を飛ぶカエルより見つけにくいな(さらりと」
咲楽「んー…ボクも、如月(きさらぎ)みたいに耳隠せたらいいのに…(自分の耳を片手で触りながら)」
如月「(感情を込めず)俺は咲楽(さくら)の耳、面白いと思うぞ、…イタチみたいで」
咲楽「(即座に)狐だよ! …あ、ほら、着いたよ。…白鳥邸(はくちょうてい)」
如月「…んー…(眉を寄せて)…なぁ、この街…こんなに酒臭かったか?」
咲楽「ふた月ぶりに帰ってくる街の匂いなんて覚えてないよ。…ほらほら、入って入って」

【SE*がらり、と扉を開ける音】

魅籠「すまないね、満室だよ――(目を丸くして)お、おぉおおっ! 咲楽! 如月! 久しぶりじゃないか!」
咲楽「魅籠(みかご)さん、どうも。…空いてます?」
魅籠「ああ、あんたらの頼みなら、そりゃ空いてるよ(頷いて) …で、さっそく札(ふだ)下げとく?」
咲楽「(微笑み)いえ、仕事は明日から受けるってことで、今日は…」
魅籠「わかった。…札には、何か書くことあるかい?」
咲楽「いつも通り、"金(きん)100から"で(微笑んで」
如月「"殺しが伴う依頼のみ"で(真顔で」
咲楽「やめてください(真顔で) (如月に向かって迷惑そうに)血の処理が面倒な依頼、ボク嫌だからね?」
如月「ちっ…(舌打ちをして、魅籠を睨む)…おい、部屋どこだよ」
魅籠「2階の奥(さっくりと答え」
如月「咲楽、先に行くぞ(荷物を担ぎ直し」
咲楽「うん」
魅籠「(声を落として)…なぁ咲楽、…如月、機嫌悪い?」
咲楽「満月が近いからね、もう、爆竹に似た状態だよ(ため息交じりに」

【SE*がらりと宿屋の扉が開く音】

魅籠「――ん? …ああ、いらっしゃい」
千代「(ぱたぱたと駆けてきて受付台へ)あ、あのっ、あのっ! ほ、鬼灯(ほおずき)サマ、が…」
魅籠「はいはい千代(ちよ)ちゃん落ち着いて」
咲楽「知り合い?」
魅籠「"夢七夜(ゆめななや)"って薬問屋の奉公の子だよ。…薬問屋っていうか、酒屋も兼ねてるかな。…最近流行っている、"紅梅(こうばい)"って酒、知らない?」
咲楽「知らないなぁ…(首を振る)」
千代「あ、あのっ…(拳をきゅっと握りしめ)」
魅籠「ああ、ごめんごめん。なに?」
千代「鬼灯(ほおずき)サマが、明後日、積荷の運搬の為によーじんぼーさんが欲しいって…。…金(きん)30枚、出すそうです」
魅籠「運搬で金30、か…。…ちょっと待ってねぇ、…(ぺらりぺらりと帳簿をめくりながら)…えー、と…」
咲楽「酒屋を兼ねた薬問屋ねぇ…」
千代「…(じぃっと咲楽を見上げる)わぁ…」
咲楽「(朗らかな態度で)なぁに? お嬢ちゃん」
千代「(首を傾げ)お兄さん妖怪? …狼さんの妖怪ですか?」
咲楽「狐だよ!」
魅籠「ああ、あったあった! 金35で、護衛を専門――だめだ、近場じゃないと引き受けない条件だ…。…千代(ちよ)ちゃん、積荷はどこまで?」
千代「絹織(きぬおり)の街までです(はきはきと答える」
魅籠「んー…きついかなぁ…(困った顔で帳簿をめくりつつ、咲楽を見る)」
咲楽「…な、なんだよ魅籠(みかご)、こっち見ないでよ…」
魅籠「いいでしょ? こんな子供が頼んでるんだよ?」
咲楽「待ってよ、確かに明日から受けるって言ったけど、うちの如月は…ま、待って、そういう目で見ないで、お願いだから――」

(少し間)

如月「…で?」
咲楽「乗せられて依頼を受けました。頑張りましょう(棒読みで」
如月「はぁ…降りるわ。謝礼は金30、殺しもできねぇ、その上満月、…気がすすまねぇ」
咲楽「満月だからこそ、穏便な依頼の方がいいんじゃないかなぁ(心配そうに」
如月「あ? 穏便? 俺が弱くなるとでも言いたげだなオイ」

【SE*すっと障子の開く音】

魅籠「咲楽、如月、…いいか?」
咲楽「どうぞ(快く」

【SE*静かに障子を閉める音】

魅籠「…あー、今回受けた仕事の件なんだが…」
如月「受けてねぇ(即答」
咲楽「なんです?(即答」
魅籠「(声を潜め)実は…どうも、妙なんだよな、あの薬屋」
咲楽「妙?」
魅籠「新月薬(しんげつやく)…もちろん、知ってるだろ? …希少価値の高い妙薬。…そこの誰かさんの発作を抑える薬も、確かそれだろ」
咲楽「はい、如月はそれがないと…」
如月「(少し興味を持った様子で)それがどうしたんだ」
魅籠「新月薬は、月光草(げっこうそう)という草から抽出される。新月薬が表に出回りにくいのは、そもそもこの草が滅多に発芽しないから、ってのは知ってるよな」
咲楽「ええ、もちろん」
魅籠「…それがな。…例の薬問屋、"夢七夜(ゆめななや)"には、その月光草がたんまりあるって噂なんだ」
咲楽「(用心深そうに)…噂、でしょう?」
魅籠「…ところが、…さっき俺は、帳簿の確認をしに夢七夜の方へ行ったんだ。…その時例の奉公の千代ちゃんが、他の奉公の子と話してるのを聞いてな。…"届ける月光草の準備をしなけりゃ"…そう言ってたのが聞こえ――」
如月「(すっと起き上り)おい。…焚き付ける為の嘘じゃねぇだろうな?」
魅籠「金(きん)30なんて、こっちにも"入り"の少ない仕事を焚き付けるためにお前さん敵に回すほど、うちの店は困ってやしないよ。金300ならともかくさ」
咲楽「…如月?」
如月「…気がのってきたな…(にやりと笑って)…行くか」
咲楽「…え、き、如月? 今から? まってまって、蝶ヶ崎での依頼で、ボク、火薬とか爆薬がもう…」
如月「なら、買い出しに行ってから直(じか)で寄る」
咲楽「いや、でもほら、さっき…ああ、もう…待ってよー!」

【SE*障子をすっと開き、閉める音】

(少し間)

【状況*雑踏の中、薬問屋の前】

千代「あっ、狼の人!」
咲楽「狐だよ! (屈み、千代に目線を合わせ)…次の仕事の確認をしにきたんだ。…店主さんと話せるかな?」
千代「(首を傾げ)鬼灯(ほおずき)サマですか? ――どうぞ、こちらへ!」

(少し間)

【SE*硬い廊下の上を歩く足音】
【SE*ふすまを開く音】

千代「鬼灯サマ、お客様です!」
鬼灯「ああ、…今開けるよ…。…おや、誰かな?」
咲楽「どうも…」
千代「よーじんぼーの人です! 咲楽(さくら)さんと、如月(きさらぎ)さん」
鬼灯「ああ、依頼申し上げた方々ですね。…さ、どうぞ。…失礼、試飲中だったので、少々部屋に酒の匂いがこもっておりますが…」
咲楽「あ、それが噂の"紅梅(こうばい)"ですか?」
鬼灯「噂だなんてとんでもない…(嬉しそうに微笑みながら」
咲楽「すごい、赤いお酒なんて初めて見ました…(珍しそうに」
鬼灯「この色が、"紅の梅"と名付けた所以です(誇らしげに) …よかったら一口いかがです? …(優しく)ああ、千代、もう下がっていいよ」
千代「はいっ」

【SE*ふすまを閉める音】

(少し間)

鬼灯「――といったわけで、積荷はこのように…」
咲楽「なるほど。…あれ、如月…どうしたの?」
如月「…酒の匂いが…きつい…(俯いて頭を抑えながら」
鬼灯「ああ、おそらく"紅梅"でしょう…強い酒ですから」
咲楽「如月、少し表に出たら?」
如月「ああ…」
咲楽「では鬼灯様、失礼いたします」
鬼灯「ええ、また明後日に…ごきげんよう、お気をつけて…」

【SE*すっとふすまを閉める音】

咲楽「…さて、…行きますか」

【SE*廊下を静かに歩く音】

咲楽「にしても、さっきの如月の演技は素晴らしかったね」
如月「…いや、気分が悪いのは確かだ。…満月のせいってのもあるが、…あの紅梅(こうばい)って酒、…どうも嫌な臭いだ」
咲楽「…ふーん…」

【SE*廊下を静かに歩く音】

咲楽「…間違いないね、この屋敷、何処かから強い月光草の香りがする」
如月「ああ。…この部屋は…奉公人の部屋か」
咲楽「子供の着物しかないね。…狭い部屋だなー…」
如月「…向こうは調理場か…。…ん?」
咲楽「どうしたの?」
如月「…この屋敷…妙な構造だな。…家の内側の広さと、外見(そとみ)の大きさが釣り合ってねぇ」
咲楽「…てことは…」
如月「…この壁の向こう、…屋敷の中央に何か広い部屋がねぇと、おかしいってことだ」

(少し間)

【SE*廊下を静かに歩く音】

咲楽「如月。…この辺り、月光草の匂いが強いね」
如月「そうだな。…それに、(嫌そうな顔をして)あの酒の匂いもする」
咲楽「…こういうのって大抵、壁の一部が…あっ」

【SE*ごとり、と木の音】

如月「…開いたな。ずる賢さは、さすがイタチ」
咲楽「狐だから!」

【SE*木戸を動かす音】

咲楽「地下か…」
如月「湿気がひどいな。…行くぞ」
咲楽「うん」

【SE*石壁に反響する足音】
【SE*ぽたりと水滴が落ち、反響する音】

咲楽「うっ…(口元を抑え)…なんだ、この匂い…」
如月「酒と月光草、…それに、血と…肉だな」
咲楽「その部屋からだね」
如月「…部屋の仕切りが布1枚とは、…管理が適当だな。…この匂いの原因を拝んでみるか…」

【SE*衣擦れの音】

咲楽「っ…! (呆然として) …なにこれ…」
如月「…子供か…。全員、腹の中身がごっそり無いが…」
咲楽「2、3、4…7人…」
如月「咲楽、どうだ?」
咲楽「その子は死んで2日だけど、…この子は昨日の夜死んだばかり、って感じ。…変だね、全く死臭らしきものがない」
如月「代わりに、酒の匂いが強いな…。…おい咲楽、向こうにある…あれは、水槽か?」
咲楽「そうみたいだね。中に何か…(覗き込み)…うわっ…! …(気分悪そうに)…7人は、引き上げられている数だけみたいだね。この水の中に、あと10人は沈んで…」
如月「…いや、…この水槽の中の子供は…死んではいない。少なくとも腸(はらわた)は無事だ」
咲楽「えっ? …でも、顔色が…まるで――」

【SE*ひたり、と近寄る足音】

如月「(声を潜め)――誰か来る!」
咲楽「(声を潜め)如月、こっちに扉が!」
如月「(声を潜め)ああ…!」
咲楽「(声を潜めて)早くっ」

【SE*石壁に反響する足音】

如月「…この通路…外の匂い、それに…月光草の匂いが強いな」
咲楽「うん…」

【SE*木戸を開ける音】

咲楽「…! ここは、中庭…?」
如月「この屋敷の、外見(そとみ)の大きさの正体はこれだな…。…酒樽に、…月光草…」
咲楽「おかしい…こんなに一面の月光草、…全うな方法で育てられるわけがない…。…いったい何が――」

鬼灯「(ゆらりと現れ)おや、迷子ですか?」

咲楽「(びくりと振り返り)…鬼灯さん…」
如月「(落ち着いた様子で)ずいぶんと趣味のいい庭だな」
鬼灯「褒めてくださってありがとうございます。いかがです、…人の手で育てることは不可能とさえ言われた月光草が、…綺麗に咲く姿。それもこれも、養分として与えた"紅梅(こうばい)"のおかげ…」
如月「酒を…養分に?(眉を寄せ奇妙そうに」
鬼灯「…ええ。そうして栽培した月光草もまた、紅梅の養分となる…。…究極の、…最高の酒を造ろうと思うと、苦労が絶えませんねぇ…」
咲楽「究極の酒…? …まさか…」
鬼灯「貴方も先ほど一口飲んだでしょう? (詠うように)…最高の酒、"紅梅" 毒々しいけれど生き生きとした赤色の酒…。…街の皆さん、全員あの虜です…」
如月「特別な作り方のようだねぇ、随分と。よかったら、製造方法を教えてくれないかね」
鬼灯「(ふふっと笑い)内緒、です…と言いたいのですが…あなた方、もう見てしまわれました? …私の庭…」
咲楽「庭? 庭なら、今ここに――」
鬼灯「いいえ、この中庭のことでなく…(くすくす笑いながら)…私の、水栽培の素敵なお庭…」
如月「おいおい"アレ"が水栽培ってか?」
咲楽「…水栽培…。(気味悪そうに、冷や汗をかきながら)…てことは、紅梅の作り方って」
如月「古来の呪術だな。人間を苗床(なえどこ)にして醸造する酒…」
鬼灯「おや、やはりご覧になった様子…。…しかし、呪術だなんてとんでもない。この崇高な酒を、人々は喜んで口にし――」
如月「まぁどちらでもいい」

【SE*刀を抜く金属音】

如月「お前をぶった切るのに、躊躇わなくていい事が分かれば、それで十分だ」

鬼灯「(ほぉ、と感心して)…お見事な刀ですねぇ。…噂に聞く、金100以上の依頼以外受けないあなた方が、積荷の護衛なんて依頼を受けた時点で何かおかしいとは思っていましたが…まさか、私を捕える為に?」
如月「最初はそうでもなかったが、今はそうだな」
鬼灯「光栄なことです、…しかし――」
【SE*刀を動かす金属音】
如月「動くな。指先一本でも動かせば、まず耳からそぎ落とす」
鬼灯「ご無体な…(ふっと笑い」
如月「咲楽、捕縛するぞ」
咲楽「うん! (如月へ近づこうとして、驚いた様子で)…あ、…あれ…?」
如月「…っ…な、なんだよっ…この、胸糞悪い…匂いっ…」

【SE*刀が地面に落ち、響く音】

咲楽「き、如月ぃ…!」
鬼灯「…妖怪には、お辛いでしょうねぇ…(くすっと笑いながら」
如月「お前っ…!(憎々しげに見上げ」
鬼灯「私には、甘い香りのように感じますが…。…この香炉、万が一と思い、炊いておいてよかった…ふふ…刀が振り回せなければ、力がなければ…あなた方の立場など、簡単に逆転するのですね。…っと…(落ちている刀を拾い上げ)…おや、こんなにも重い刀…よく片手で…はぁ…(感心した様子で)」
如月「俺の刀に…触んじゃねぇっ…! っ…(苦しみながら嫌悪感を露わにして」
鬼灯「(夢見るように)…ふふっ…さぁて、手順は至極簡単なのです。…腸(はらわた)に菌を植え付け苗床を作り、…月光草から抽出した薬の水槽に沈め、生かさず殺さず…じっくり熟成させます…」
如月「…てめぇっ…」
鬼灯「…そして、時が来るのを待つのです。…ふふ、この瞬間が堪らないのですよ。…何故なら、5人に1人は、腹の中で大事な紅(べに)を腐らせてしまうから…。…ふ、ふふ…これまでは、人の子供でしか作ったことはありませんが…。…妖怪は、どんな味になるのやら…。 (微笑ましく)…ああご心配なく…どんな味になろうとも、飲み干してあげますよ、それが、誠意ですから…ふふ、ふふふっ…(楽しそうに」
如月「っ…やめっ…(胸を抑えて苦しそうに)…っぐ…!」
咲楽「くっ…如月…」
如月「…なぁ、…鬼灯ぃ…」
鬼灯「なんです? …ふふっ、随分苦しそうですねぇ」
如月「ああ…っぐ…別件も…あってな…」
咲楽「別件…? (はっと悟った様子で、小声で)…まさか…」
如月「下がってろ咲楽…。…鬼灯…1つ、お前に聞きたいことがある…」
鬼灯「なんでしょう?」
如月「あんたは…(胸を抑えながら)…っ…沢山の子供を殺してきた…」
鬼灯「違いますね、私の美しい紅梅に昇華させてあげたのですよ(当然のように」
如月「どっちだっていい…っ…なぁ、鬼灯…。…あんたはさ…命を奪った子供の分…(ふっと笑って)…どうやって死ぬつもりだ?」
咲楽「如月…(心配そうに」
鬼灯「私がどうやって死ぬつもりか?」
如月「ああ…(顔に笑みを浮かべながら」
鬼灯「…(首を傾げ)…なんという愚問でしょう。…貴方は…これまで殺してきたもの、食べてきたものすべてに謝罪をしながら死ぬのですか? …人が営む以上、食べる事の罪は仕方のないことでしょう?」
如月「…そうか」
鬼灯「貴方の遺言は、その愚問で終わりですか?」
如月「愚かしいことで悪いね。…なんせ――」

【SE*ざわっと吹き乱れる風】

如月「ただの時間稼ぎだからさぁ…!」

咲楽「如月!」

如月「鬼灯、あの空を見てみろよ…。っく…(絞り出すような声で)なんて、…綺麗な、満月だろうな…っ…」
鬼灯「な、何が――」
如月「あーあ…薬が無ぇと、"こうなる"から――」

【SE*ごうっと吹く風】

如月(月下)「――限りなく、面倒なんだよなっ!」
鬼灯「なっ…(目を見開き)…な、何が起こって――」
如月「驚くだろ? …驚くよな、俺も、久々だからなぁ…!」
鬼灯「お、お前…女…!?」
如月「ばーか、さっきの姿のが本物だって。…咲楽、…閉じてるよな?」
咲楽「うん!(緊張感に引き締まった声で」
鬼灯「お、お前、は一体――」
如月「鬼灯。…もう、遅いぜ?」

(少し間)

【SE*ちゃぷ、と水の音】

鬼灯「っ…こ、ここ、は…? …ここ、は…どこ、だ…。…暗、い…。…それに、…これは…水…? …なぜ、こんなところに、私は浸かって…」

【SE*ぴちゃん、と水滴の音】

鬼灯「(ふと気づいた様子で)この香りは…酒…? …ここは…まるで、酒の泉…(途端に嬉しそうに)…ああ、…なんということだ…こんなにも、大量の、酒、が…ああ、あああ…香(かぐわ)しい、この…香り…」

如月「好きなだけ、飲んでいいんだぜ? …これは、全部あんたの酒だからなぁ…」

鬼灯「そう、なの…か、…ああ、私の酒…私、の酒…! ああ、あああ…(一口掬い)…美味い…なんて、美味い…。…ああ、こんな美味い酒に浸って、…ここは、…ここはどこだ…? どこなんだ…? (混乱した様子で、しかし恍惚と)…この酒は…ああ、…なんて、美味い…!」

如月「でも、…酒には限界がある。…なぁ、そうだろう?」

鬼灯「あ、ああ…(絶望の表情で取り乱して)そんな、無くなっていく…! 私の酒…! いや、いやだ! もっと、もっと飲みたい! …至高の酒、紅梅より美しい味と香り…! (執着の表情で懇願し)…あの酒は、…おい、あの酒はどこへ消えた!? どこにある…!?」

如月「(くすっと笑い)嫌だなぁ…あんたなら、あの酒の造り方ぐらい、分かってるはずだろう…? …あの酒はほかでもない、…あんたの腸(はらわた)から出来たものだ」

鬼灯「ああ…ああ、…ああ、そうか…そうだった…そうだった…(安堵の表情で微笑み)…そう、だった…。…ああ…そうだった…」

【SE*ちゃり、と金属製の物が落ちる音】

鬼灯「…これは…小刀…?」

如月「そうだ。…あんたに、やるよ。餞別だ(誘惑するように」

鬼灯「…ああ…ふ、ふふっ…(嬉しそうに)…これで、また飲める…私の酒…」

【SE*肉に刃を突き立てる音、連続して繰り返される】

【SE*ごうっと風が吹く音】

咲楽「…如月?」
如月「なんだ?」
咲楽「も、もう目を開けても平気?」
如月「いいぜ。…終わった」
咲楽「…(目を開け、横たわる鬼灯を見て)…ああ…今回、どういう妖術をかけたか、…聞かなくても分かるかも。…美味しそうな子供の幻を見せたんでしょ?」
如月「…んー…(頭をかきながら)…言い得て妙、だな」
咲楽「え、そうなの?」
如月「…それよりだ。…咲楽。今日買い足した分の火薬、…あるだろ?」
咲楽「…あるけど…(分かっていてあえて聞く)…どうするつもりなの? (確認するように)…貴重な月光草だよ?」
如月「確かにこんな機会はもう無いかもしれないが、…この月光草は全部、あの酒の匂いがする」
咲楽「…うん、…そうだね」

(少し間)

【SE*がらり、と扉を開ける音】

魅籠「おかえり。…なぁ、…さっきから表が騒がしいけど」
咲楽「そうですね(疲れた様子で」
魅籠「(探るような目)…噂によると、"夢七夜"が全焼したらしいが…如月の為の月光草は――」
如月「なぁ、…札、下げといてくれるか?」
魅籠「え? …あ、ああ…」

咲楽「月光草は無かった。焼けたのも、ただの火事。…そうだよね?」
如月「違いないな」
魅籠「…そうか」

【SE*廊下を歩く足音】

咲楽「…にしても、(ううん、と伸びをして)…たまには、まともな雇い主を相手にしたいなぁ…」
如月「札に書くか? …"子供の腸(はらわた)で酒を造らない程度の人格者を求む"…とかさ」
咲楽「ああ、いいかもね」

【SE*障子を閉める音】
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