人魚の髪(一部抜粋)
キャラ表
相原(♂)
澤田(♂)
店主(不問)
ナレーション(不問)
以上4名
*備考*
小説ページの「人魚の髪」という小説の冒頭部分を一部抜粋したものです。
--------------------以下本文
ナレーション「春実(はるさね)の街の一角の、屋台ではない飲み屋――というのはつまり、それなりに中級の暮らしのものたちが集う店である――その奥に、2人の男が居た」 相原「(唸るように)…で、それでだよ。…僕が…僕が、だよ…銀行に用向きがあって…行ったら…どうだい、何を見たと思う」 澤田「(グラスを持ちながら)…なんだったろうね」 相原「到底想像しえなかったものだよ…澤田ぁ…僕は…僕は、とても悲しい」 澤田「まぁ、続きを話せよ(言いつつ、めんどくさそうにため息)」 ナレーション「2人の男のうち1人は、相原大慈(あいはら だいじ) 紺色の着流しの上に濃い色の羽織を着た男。人当たりがよさそうで、実際、人によく思われる笑顔を作るのは得意な男である」 相原「それでだ、澤田…俺は、……どこまで話しただろうか」 澤田「銀行に用があったんだろう?」 相原「ああ、そうだ、そうだ…そこでだ、そこでだよ! あの女が、浮気を、だな、(ろれつの回らない様子で)俺が買った、赤いドレスを着て、銀行の前を、ある、あるい、あるいている、ところをだな、見たんだ! 信じられるか!? 君は、信じられないだろうが――」 澤田「信じるさ」 相原「いいや、きっと信じないね、きっとだ」 澤田「(ぼそりと)あの時俺も君の隣に居たじゃないか…」 相原「えぇ?(聞こえなかった様子で」 澤田「いや、なんでも」 ナレーション「相原の隣で呑み相手になっているのが、澤田 吉五郎(さわだ よしごろう)という男。大型犬のような雰囲気をかもしながらも、目だけは鋭く、敵の様子を窺う野良猫のようである。用心深い。黒い洋服の上に、黒い西洋のコートを羽織っている」 相原「辛いものじゃないか。(ぐっ、とグラスを空にして)…ふぅ、…歌も詩も何も真実じゃない。人は人なんて愛さないんだよ」 澤田「愛することもあるだろう。愛がなくて君、世に夫婦なんているわけないじゃないか(無関心そうに)」 相原「(グラスを見つめながら)世の夫婦もまた全て仮面だ、仮面。愛なんてない。愛なんてないんだ、…あの女の表情を見たか。腕を組んで、腕を組んでいたんだぞ。あの隣の男を知っているぞ、僕は。あれは銀行の男だ。隣町の、銀行の男だ。あの女の表情を、ああ、表情を…」 澤田「見たさ。まあ、楽しそうだったな。 (小声で)何週間か前、君の隣に居るときよりも」 (少し間) 店主「はい、焼き鳥3つと焼酎ね、お待たせしました」 澤田「しかしまあ、あれはきっとあの男の財産目当てに違いないよ」 相原「(テーブルに突っ伏して)いやだ、ああ、いやだ。死んでしまいたい、吉さん、僕は死んでしまいたい」 澤田「勝手に死んでしまえ、恋狂いめ」 相原「えぇ? 吉さん、酷いよぉ」 澤田「はは、冗談さ(全く笑っていない目で)」 相原「(ふにゃんと)なぁんだ、冗談かぁ…」 澤田「まあ、…なんだ。生きていればきっと良い事もあるだろう。あの女――カオルだったか。あんなのよりいい女に出会う事もあるだろう」 相原「本当だろうか?(囁くように) 本当に、あの女以上の女に出会えるだろうか?」 澤田「出会えるさ(口元を拭い) …大体ね、大慈(だいじ)よ。あの女はちょっと鼻が低かったじゃないか。あれで妥協するほど君が人の中身を見る人間だと、僕は知らなかったよ」 相原「僕はもとより人の心を見るさ。女は性格、性格の小奇麗さだ。嘘じゃない、嘘じゃないぞ」 澤田「ああ、しかし、外見にこだわりもあるだろう」 相原「そりゃ、無いわけじゃぁない。無いわけじゃぁない。そうさ、美しいものだ、美しいものはいい。けどね、吉さん。誰だって、どんな男だって、いや女だって、美しいものがいいと思うじゃぁないか。そう考えるだろう」 澤田「まあそうかもしれないね」 (少し間) 店主「(店の奥に向かって)おぉい、鶏の唐揚げはまだかね! (申し訳なさそうに)…もうすこーし、お待ちくださいねお客さん…」 澤田「まだ呑むのかい」 相原「(むにゃむにゃと)これはまだ始まりだ、それにすぎない。…そうだ、始まりにすぎないぞ! …僕は、まだ、まだまだ、呑む、んだ!」 澤田「まぁ待て、待て、相原! 待て!(相原の手を掴んで注文をやめさせる)」 相原「澤田離せ! まだ呑めるぞ、ぜんぜ、ん、酔ってなど、いないのだか、らなっ!」 澤田「まあ、今日はもういいだろう。これ以上呑めば、血の変わりに酒が体内を廻るようになってしまうぞ」 相原「離せー、まだ、のみ、たりないぞー…(ぐにゃりと」 澤田「ああ、もう…(店主の方を向いて)すまないが、勘定を」 店主「ええ、こちらになります(紙をテーブルの上にぱんと置き)」 澤田「相原、金だ、ほら、金」 相原「うぅ…(ぶつぶつと)酔ってない…酔ってない…はて、札入れ…は…?」 澤田「懐じゃないのか、君はいつもそこに入れているだろう」 相原「う…これ、は…ちり紙…これ、は…(首飾りを手に)…おお、この首飾りは…」 澤田「おい相原、首飾りなんてしみじみ見ている場合じゃ――」 相原「澤田、この首飾りは異国のもので…俺はこれをいずれ、カオルにやろうと思っていたんだ。…カオル、に…(目がゆらゆらと動く)…カオル、に…あげようと…思って…ああ…」 澤田「(めんどくさい、といった様子で)ああ分かった、分かった。そんな首飾り捨ててしまえ、勢いよく川に投げ込めばいいんだ。それより札入れだ」 相原「うぅ…澤田…僕が川に飛び込んで死にたいよ。僕を川に投げ込んでくれないか」 澤田「(額の汗を拭い)今すぐそうしたい気分だ」 澤田「…仕方がない、此処は俺が払うか――」 相原「おお、あったぞ、札入れだ。右の袖に入っていた」 澤田「(ため息)そうか。…(店主に)…すまない、俺の分と、連れの分だ」 店主「はい、確かに(迷惑な客だなぁ、と思いながら)…どうも、ありがとうございました」 澤田「ほら相原、いくぞ」 相原「うぅ…(救いを求めるように)…川へ…川へ行くのか…」 澤田「家だ(きっぱりと)」 相原「川でいいじゃないか、川で…僕を放り込む場所はそこしかないよ…」 澤田「うるさい、放り出すぞ」 相原「うぅ…(額を抱えながら)」 ナレーション「ひやりと冷える夜だった。街のあちらこちらにはまだ飲み屋の明かりと騒がしい声が点々としている。3丁目の十字路まで歩く道中、相原はこう言い続けた」 相原「愛なんて幻想だ、幻想。…気立てのよさそうな女は、大体気立てが悪いんだ。女というものそのものが幻想なんだ」 澤田「それでも君は、1日たりとも、女に愛されていない生活が出来ない様だがな」 相原「誠にそうだ、誠にそうなんだ! 男はね、君、女に愛されていなければ人間でないよ、いや、本当に。…しかし確かに、あの女の鼻は低かったな」 澤田「俺もそこだけは同意だ」 ナレーション「電灯の明かりが地面にくっきり形を残している。ぼうっと光る街灯の下、3丁目の十字路で、相原は立ち止まった」 相原「それじゃあ吉さん、またな」 澤田「1人で帰られるわけがないだろう、まだ付き添うよ」 相原「いや、煩わせるのも申し訳ない」 澤田「既に俺は煩わされているのに」 相原「まあとにかくなんだ、さらばだよ」 ナレーション「相原は手を振り、半ば澤田を振り切るようにして、十字路を左に折れた。そんな相原を澤田は立ち止まってみていたが、やがて首を振り、コートのポケットに手を突っ込むと、自分の家に向かってぶらぶら歩き始めた」 |