人ならざるものたち 改 4話 「白い花」



キャラ表
(性別表記の無いキャラクターは、性別不問)


梅月(うめづき)/♂ 式神使いの術士
サイ/不問♂寄り 梅月の見習いの式神
アズマ/不問♀寄り 梅月の見習いの式神
数多/♂ 強力な妖怪
村長/不問 台詞は3個のみ

以上5名


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****以下本文


【状況*梅月の家の前。木箱を運んでいるアズマと梅月】
梅月「ああ、アズマ、後ろに気を付けて。…そうそう、その辺りでよいでしょう」
【SE*どさりと物を置く音】
アズマ「(ふー、と疲れた様子で息を吐く)」
梅月「さすがに疲れましたね、この量だと」
アズマ「いえ、そんな事は…むしろ、先生にも手伝ってもらって…申し訳ないです」
サイ「あっ、梅月先生、アズマ、おかえりッス!(首をかしげ)…ってそれ…なんスか?  大きな木箱、4つも…」
梅月「球根ですよ(羽織についた汚れを手で払いながら)」
サイ「球根? お花が咲くあれッスか?」
梅月「そうです。甲羅ヶ池村(こうらがいけむら)でいただいたのですがね」
アズマ「毒にもならず、薬にもならずといったところだな」
サイ「はー…(積まれた木箱を眺めながら」
梅月「ま、お礼でいただいたものですから、捨てるわけにもいきませんね。(顎に手を当て少し考え)そうですね、蔵にでも片付けておきましょう」
サイ「はいッスー(木箱を持ち上げようとして、ふと何かに気づいた様子で)わああっ! せ、先生ッ! あ、あれ…!」
アズマ「ん?(振り返り、空を見上げ警戒した様子で)…紙の鳥? 先生、こっちへ来ます」
梅月「(紙の鳥の動きを追いながら)あれは、術士が使う伝令です。どうやら私宛のようですね」
【SE*ぱさり、と紙が地面に落ちる音】
サイ「あっさり落ちたッスね。…先生、この鳥…いや、紙…いや、やっぱり鳥…。 (こわごわと)…拾ってもいいんスか?」
梅月「大丈夫ですよ、悪意のあるものは私の家に近づけないようになっていますから」
サイ「(ぱらりと紙を開いて)えーと…あ、お隣の第三支部の結花(ゆいはな)先生からッスよ」
梅月「結花から?」
アズマ「先生、球根を蔵に運びますね」
梅月「ええ、よろしくお願いします」
アズマ「(木箱を持ち上げ、重そうに)っと…」
【SE*その場から去って行く足音】

梅月「で、内容は?」
サイ「内容は…警告ッス!」
梅月「警告?」
サイ「はいッス。護法本部からの捕獲指令を受けた妖怪を、第4支部と第3支部の境(さかい)で逃しちゃったらしいッス」
梅月「(めんどくさそうに)それで?」
サイ「その妖怪に酷い傷を負わされたから、そこで追跡を断念した、って書いてあるッス。逃した事は本部に報告済みだから、いずれ第4支部にも引継ぎの捕獲指令が行くだろう、申し訳ないって。…なんか大変なことになったみたいッスね」
梅月「そうですね、…それはいつの事と書いてありますか?」
サイ「半日前ッス」
梅月「なるほど。(考え事をしながらぶつぶつ呟く)…第3支部との境となると…夜叉の村近く…(サイに向かって)…少々歩くことになりそうですね」
サイ「え、今から行くんスか?」
梅月「本部からの連絡が遅れることはよくあることです。あらかじめ相手の情報が分かっているならば、こちらから行った方が早い。(ふと顔をあげ)…ああ、アズマ」
アズマ「(たたっと近寄り)はい先生。何でしょうか」
梅月「出かけますよ、準備を」
アズマ「え、あ、はい…先生、妖怪討伐ですか?」
梅月「いえ、捕獲のようです。生け捕りですね。…っと、サイ。その妖怪の特徴などは書いてありませんか?」
サイ「特徴は…えっと、…う…(気味悪そうに)遠く離れたところにいても、そいつが居る方向から血の匂いが漂ってくる…近づけばむせ返るほど、との事ッス…」
梅月「(さらりと)嫌ですね、それは」
アズマ「全くです。…そうだ、そいつの名は?」
サイ「名前ッスか、名前は…ああ、あったッス。…えーと…本部に、その妖怪の名前は、数多(あまた)と告げられた、ってあるッス。(首をかしげ)あれ、数多って、…なんかどっかで聞いたことある名前ッスね」
アズマ「…覚えていないのか」
サイ「全然。(きょとんとした顔で)…知り合いッスか?」

(少し間)

【状況*森の中】
【SE*ざくざくと道を歩く音】
サイ「ああっ、そうかそうかそういえばそんな奴居たッスね、仇狐(あだぎつね)、うんうん!」
アズマ「一月二月(ひとつきふたつき)前のことを、そう簡単に忘れるんじゃない。…強敵だったろう」
サイ「んー…(きっぱりと)俺、怖かったことは忘れる主義ッス」
アズマ「(興味なさそうに)そうか」
梅月「そろそろ、夜叉の村ですね。それにしても…(1度目を閉じて何かを感じ取るように呼吸し)…ひどく気持ち悪い気配ですね」
アズマ「(袖を口元に当てて)それに、酷い匂い…」
梅月「ええ、(平然としながらも眉を寄せて)…血の匂いですね。…おや、どうしました、サイ」
サイ「…なんか…この匂いに覚えが…。…(首を振って)なんでもないッス」
梅月「そうですか。…さて、結花(ゆいはな)の手紙にあった、血の匂いという特徴から言って間違いなく数多でしょう。…(鋭い口調で)…サイ、アズマ、気を引き締めて行きますよ」
アズマ「はい、先生」
サイ「はいッス(こくりと頷いて」

【状況*村の中】
村長「ああ、ああ、梅月先生!」
梅月「…酷い匂いですね、村人に影響は?」
村長「2人か3人、体調を崩しておりますが…。(気味悪そうに)…やはり、妖怪ですか」
梅月「だと思われます。何か、人ならざるものを見たという者は居ないのですか?」
村長「(首を振って)今日の昼、異変が起こった頃から、村の者は殆ど家の中に閉じこもっておりました。私も、おなじで…」
梅月「なるほど。 (独り言でぶつぶつと)…しかし、妖怪の気配が大きすぎて、村の中のどこがその中心部か、分かりませんね…」

アズマ「…サイ、どうした?」
サイ「(独り言のように)…やっぱり、この匂い…」
アズマ「(サイの真面目な表情に若干戸惑いながら)…匂いに覚えがあるのか?」
サイ「…あるッス。…それに、(導かれるように)…少しだけど、聞こえる、この音…」
【SE*ゆっくりと歩く足音】
アズマ「サイ? サイ! 何処に行くんだ? サイ!」
【状況*ふらふらと早足でその場から歩き去るサイ。戸惑った表情でそれを追いかけるアズマ】

アズマ「サイ、どうした。いつもと様子が――」
サイ「聞こえないッスか?」
アズマ「え? 何がだ」
サイ「笛の音ッス。…あの、山の上の神社から…」
アズマ「(耳を澄まして)…確かに、あの三護(みつご)神社の方から僅かに聞こえるけれど…サイ? お前、梅月先生から離れては――サイ!(サイの後を追いかける」
サイ「同じなんスよ」
アズマ「何がだ、お前、さっきから何を言っている――」
サイ「(アズマの方を振り返って、きっぱりと)菊砂先生を殺した妖怪と、同じ匂いなんだ」
アズマ「…え?」
サイ「それに、あの妖怪は笛を持っていた。そして今、あの神社の方から、笛の音がする。 …アズマ、俺は行かなきゃ…」
アズマ「サイ、待て、まずは先生に…(1度振り返り、前を見て、歩き出したサイの背中を見る)…ああ、もう!」

(少し間)

【状況*神楽殿の入り口の階段に座って、笛を吹いている妖怪数多】
【SE*細々とした悲しい笛の音】
サイ「(神社までの長い階段で息を切らしながら)…赤い衣…黒い、髪…。…その笛、そのお面…。…お前が…」
数多「(つ、と笛を吹くのをやめ)あ…血の滴る子どもが2人…やってきたぁ…(楽しそうに笑い」
アズマ「あれが、数多…」
サイ「間違いない、お前が、菊砂先生を…!」
数多「(ひどく楽しそうに、詠うように)あの子の顎を噛み砕いて、爪を1つ拾って、丸めて、金魚の餌にする前に…ボクが食べてもいいかなぁ…」
サイ「…アズマ。…あんな妖怪を、本部は捕獲しろって言ってきてるんだ。…そんな悠長な事しないで、…今ここで滅したほうがいいよな」
アズマ「サイ? 待て、お前何をしようとしているんだ(焦った表情で」
サイ「(静かに)滅するんだよ、アズマ」
アズマ「お前、お前馬鹿なのか? 梅月先生の言霊なしに勝手に術を使えば、その場で契約が解除されて、お前、無の存在に還され――サイ、待て!」
サイ「構わない、構わないんだ。ここで、あいつを見逃すぐらいなら、それでいい」
【SE*りん、と鈴の音】
【状況*サイと数多の周りを、薄い膜のようなものが囲う】
アズマ「サイ!(追いかけようとして、膜にぶつかる)っ! サイ、この結界を解け! サイ、サイ!」

【状況*膜の中。外の景色が水の中から見たようにぼやけて見える】
数多「(遠いところを見ながら)沢山の鏡がぐるぐる廻ってる…。…夜は蛍、朝は川の水…。…綺麗なものは好き?(えへへ、と笑いながら」
サイ「黙れ。…そのままじっとしていろ。…抑制する」
【SE*りん、と鈴の音】
数多「(夢見るように)ああ…暗いお部屋は暗くて狭い…。…1人だと思うのに2人居る、鏡じゃないのに、2人いるから、喉が枯れて、爪が割れて、針で縫われて…あれ、此処はどこ?」
サイ「っ…先生の言霊無しじゃ、抑制だけで、こんなに負荷が…。…でも、こいつを滅するまでは…!」
数多「ねぇ、ねぇ、ここはどこ?」
サイ「知らない、お前には関係ない!」
数多「(いきなり、ばっと取り乱してぶるぶる震え)怖いよ、こわい、怖いよ、なんで? 此処はどこ? 帰りたいよ、帰りたいよ、(サイの服を掴み)ねぇ、帰りたい、帰りたい!」
サイ「やめろ、離せっ」
数多「いやだ、いやだ、おねがい、助けて、ここから出して! (サイに懇願するように)菊砂(きくすな)、助けて、此処から出して、お願い、お願い!」
サイ「え? …お前…なんで、先生の名前を…」
数多「(サイを菊砂だと思い込んで)菊砂なら助けてくれるよね、ねぇ、菊砂。あそこは怖いよ、暗いよ、土の中だよ、井戸の底だよ! (泣きそうな表情で)菊砂、助けて、菊砂、菊砂ぁ! (少し間)…あれ…でも…待って…ふふ、考えたら…ふふふっ…そうだ、…そうだよ、そうだ、そうなんだ…(低く呟く)菊砂は、ボクが殺したんだった…。…ふふ、ふふっ……あは、なぁに、これ…鬱陶しいなぁっ」
サイ「――抑制を外した!? っ…は、離せっ、やめろっ!」
数多「(すっとサイの首を爪の先で引っ掻きながら)…そうだ、ざっくり、殺しちゃったんだった…こうやって、首を、すーって…なぞったら死んじゃったんだった…菊砂は、菊砂は、ははっ、ボクが、ああ、ボクが、ああ、ああ、こうやって、こうやって、殺して、あはっ、ああ、ああ、あはっ、…簡単に、死んじゃったんだった…ねぇ、菊砂。あれ、じゃあ、君はだぁれ?」
サイ「ぐっ…離せっ!(ばしっと数多の手を払い、ふりほどいて数歩後ろに下がる)」
数多「(焦がれるように)菊砂…どうしてボクから離れるの?」
サイ「(肩で息をしながら)俺は、菊砂先生じゃない。お前は、どうして菊砂先生を知って…」
数多「嘘だぁ、だって、君は菊砂にそっくりだもの、ねぇ、菊砂、菊砂、あはっ、ボクを、ボクをからかわないで、一緒に居て? 菊砂、ねぇ、ねえ、…菊砂と、彼と、ボクと、3人…あれ? 彼ってだぁれ? だぁれ? …だれ、だっけ…あともう1人…あは、ふふ、菊砂…こっちへおいでよ、ねぇ、一緒に、一緒に――」
サイ「や、やめろっ 近づくな!」

【SE*ぱぁん、と水風船が割れるような音】
サイ「えっ?(音のした方を振り返る)」
梅月「アズマ、抑制を!」
アズマ「はい!」
【SE*ばしゃっと跳ねる水の音】
数多「うぅっ…あ、あああっ、ねぇ、ねぇ、だれ? 彼って…あの人は、彼、は、だぁれ? …ああ、あああ、帰りたい、帰りたい…」
サイ「う、梅月せんせ…」
梅月「…(無言でサイの頬をつねる)」
サイ「い、いひゃいっ! いひゃいですっ!」
梅月「(鋭く)愚かな行動も大概にしなさい。…貴方の菊砂を思う気持ち、根本的に彼を慕う行動、それはすべて仕方ないことですが…」
サイ「ひゃ、ひゃい…」
梅月「けれど今は、…サイ、貴方は私の大事な式神なのです。(頬から手を離し、サイの肩に手を添え)…心配したのですよ」
サイ「(はっとした顔で)…す、すみません…」
梅月「(さらりと)当分掃除当番です。 ――サイ、戦えますね?」
サイ「…(ぐっと表情を引き締め)はいッス! もちろんッス!」

アズマ「くっ…なんて力…サイ、援護を!」
サイ「はいッス!」
【SE*りん、と鋭い鈴の音色】
数多「ふふ、あは、ああ、あああ、菊砂、菊砂? どうして、どうして? どうしてなのかな? どうして、こんな、ああ、…ボクは、帰りたい、帰りたいよ、3人で…」
アズマ「うぅっ…(苦しそうに)」
サイ「っ…お、抑え、こむなんて…!」
数多「そう、3人で…。…ボクと、菊砂、君と…それから…あと、ひと、り…あ、ああ、あと、あと、ひとり…誰、誰か、と…」
アズマ「せ、先生! わ、私達2人、でも、抑制すること、しか…!」
サイ「う、梅月先生、も、もう持たないッスー!」
梅月「っ…しかし、私からの力の供給は、これで精一杯――」
数多「ああ、あああっ、あは、あはは! (ふと、何かに気づいた様子で)…あ…あれは…あれは囲炉裏? あれは炎? …ねぇ菊砂、綺麗だよ、温かいよ、…みんなでそっちに行こうよ…」
【SE*ごっ、と押し寄せる風の音】
アズマ「くぅっ…! サ、サイ、引きずられるなよ!」
サイ「分かってるッス! で、でも、なんて力ッスか…! 身体が、ばらばらに、なりそう…!」
アズマ「っ…! (ふと、周りに漂う白い粉に目をやり)…な、なんだ、これ…!」
サイ「…灰? 灰が、飛び散って…なんスかこれ!」
梅月「数多の体から…灰? では、奴はただの妖怪でなく、宿り木を発症した人間…!」
サイ「えええっ に、人間がこんな力、くっ…だ、出せるもんなんスか! 反則ッス!」
梅月「――宿り木であるならば、対処は出来る。 (鋭く)アズマ、幻惑の術を!」
アズマ「は、はい!」
【SE*ざっと雨音】
数多「(辺りを見回し)あ…雨…。…雨、の、中…。…どこへいくの? どこへ、いくの…?」
アズマ「先生、相手があの強さでは、幻惑の術も少ししか持ちません!」
梅月「(鋭く)構いません、全力で足止めを! サイ、この小刀を!」
サイ「は、はいッス!」
梅月「数多の胸へ、貫きなさい!」
サイ「分かったッス!」
アズマ「(苦しそうに)せ、先生、もう、術が…解けます!」
【SE*雨の上がる音】
数多「…ああ、ああ…冷たい、冷たい…ここはどこ…井戸の底…?」
梅月「サイ!」
サイ「はいッス!(ばっと数多に駆け寄り)」
数多「(嬉しそうに)ああ、ああ、菊砂…! これでまた、2人、(息を詰まらせ)ぁぐっ…!」
【SE*ばしゃり、と水音】
梅月「アズマ!?」
アズマ「(絞り出すような声で)先生、まだ、抑制…できますっ…! サイ…サイ、行けっ!」
サイ「っ…! ああああっ!」
【SE*ざくり、と人の肌が深く切れる音】
数多「(ぐっと息を飲み込み)……あ、ああ…なにこれ、血…? 違う…灰、が、たくさん…」
梅月「サイ、今です! 滅しなさい!」
サイ「――はい!」
【SE*りん、と鈴の音】

数多「(サイを見つめながら)あ、ああ…ごめん、…ごめんね… (聞き取れないほど小さな声で)菊砂…」
【状況*その場にばたりと倒れる数多】

アズマ「…(息を整えながら)…先生…さっきの小刀には…何が?」
梅月「宿り木封じの印を描いた札を、柄に巻きつけたのです」
アズマ「それで数多は、一瞬弱体化したのですか…」
梅月「ええ。…サイ、立てますか?」
サイ「は…はいッス…」

数多「うっ…(はぁ、と息を吐く)」
サイ「あ、あいつ…滅したのに!」
アズマ「(静かに)仇狐(あだぎつね)の時と同じだ。…負の気配はもうない」
梅月「そうですね。…もう、とどめも要らないでしょう。あとは、自然に灰になる…」
数多「(静かに、横たわったまま)…あ…ボクは…消える、の…?」
梅月「(頷き)ええ」
数多「…もう、…助からない?」
梅月「ええ、これ以上手を下さなくとも――」
数多「(柔らかく微笑んで)…よかった…」
サイ「え?」
数多「…やっと、…解放された…。…もう、ボクの体は…ボクの言う事を、(痛みに少し呻いて)うっ…ボクの思うとおりに、動かせなくて…」
梅月「(複雑な表情で、静かに)宿り木、ですからね」
数多「(梅月の方を向いて)…でも…やっと記憶も…戻ってきた…。…ぼやけて見えていたものが、…はっきり見えるようになった…(目から静かに涙を零し)…っ…それに…やっと…思い出した…。…(梅月に手を伸ばし)」
梅月「なんです? 一体――」
数多「雪昌(ゆきまさ) …君は、雪昌だね…」
梅月「え?」
数多「(弱々しく、懸命に微笑んで)…大きくなったね、…今やっと、分かった。…雪昌、…立派に、強くなったね」
梅月「まさか……嘘だ…」
数多「…この髪も、衣も…血で汚れてしまって…。…自分を隠すための面をつけたままじゃ、…君に気づいてもらえなかったのも…しょうがない、ことだね…(微笑んで、震える手で面を外し)…君の術なしでも、僕はもう消える。…なら、何度でも呼んでもいいよね…雪昌…」
梅月「…兄さん…(首を振って、上ずった声で)…そんな、白蘭、兄さん…」
数多「雪昌…お礼を言わせて…。…僕を、滅してくれてありがとう…。…終わらせてくれて、ここで止めてくれて…ありがとう…」
梅月「(嗚咽を堪え、喉から絞るような声で)違い…ます…兄さん、俺は、貴方を…兄さん、貴方、だと知っていたら…!」
数多「(柔らかく微笑み)ううん、…井戸の底にはね、…もう戻りたくないんだ。 (涙を流し)…雪昌、…雪昌、ごめんね。…もう…僕は…」
【状況*数多の身体がぼろぼろと灰になり、崩れていく】
梅月「っ! 駄目です、兄さん、兄さん! 駄目…消えないで、ください…! 消えないで…!(白蘭の手を握ろうとするが、手をとった瞬間、灰になってぼろりと崩れる) ごめんなさい、兄さん、ごめん…なさいっ…! 宿り木、を…発症させたの、も…俺、がっ…! 俺がっ…! 駄目…お願い、白蘭兄さん…っ」
数多「(梅月の目を見つめながら)…雪昌として、会おうね、って…言ったのに…。…約束、守れなくて、ごめん、ね…。…菊砂を殺(あや)めてしまった事も、…償えていないのに…。…それでも、せめて…人として、…最期を、終えたかった…ありがとう…(優しく)…雪昌…」
【SE*ざぁっと吹く風の音】
【状況*白蘭の身体全てが灰になり、風に乗って雪のように散る】
梅月「(嗚咽をあげ、手の中に残った灰を握り締め、声にならない声で叫ぶ)嫌だ、兄さん、ごめん、ごめんなさいっ…ああ、兄さん…兄さん…ッ! うぅっ…くっ…」

アズマ「っ…」
サイ「アズマ? …なんで、泣いてるの?」
アズマ「分からない…(不思議そうに自分の頬に手をやり)…分からない。…でもきっと…先生が、悲しんでいるから…だから、何故か…涙が…出る」
サイ「…へぇー…俺には…分かんないや…」

(少し間)

サイ(独白)「結局、先生がなんで泣いていたのか、…妖怪が言っていた雪昌って誰なのか、…アズマが、なんで自分でもわけが分からないうちに泣いているのか、とか…全部分からないまま、…夜が明けて、朝になって…。…数多が現れる前と、同じ日々がまた始まって…」

(少し間)

【状況*梅月家の廊下を、白い花を持って歩くサイ】
サイ「ぬぐぅ…お、重いッス…足が棒のようッス…腰も痛いッス…」
アズマ「(サイの隣を追い抜かしながら)もっとさっさと働け、あと40束はあるぞ」
サイ「えぇええーっ」

【状況*白い花で満たされた和室。四方の壁、床、天井に至るまで、全て覆われている】
サイ「せんせー、うーめづきせんせー、…これで全部ッスよー」
梅月「ああ、ありがとうございます」
アズマ「これだけの花…さすがに圧巻だな」
サイ「そりゃ、木箱4箱分の球根をぜーんぶ育てて刈り取ったら、部屋も埋まるッス。…おすそ分けとかすればよかったのにー」
梅月「(ふっと笑い)まあ、ありすぎて丁度よいぐらいですよ」
サイ「でも先生、何の儀式なんスか? 俺、まだ聞いてないッス」
アズマ「この儀式の形はどう見ても、新しい式神を生み出すときのものだろう」
サイ「えっ、(興奮した様子で)じゃ、じゃあ俺達の弟分、いや、妹分が今ここに…!」
梅月「残念ながら、違います。…第17支部の術士、夢品(ゆめしな)に、新しい式神を作るよう依頼されただけですよ。…術士としての弟子を取るとのことで、その子に与えるそうです」
アズマ「自分で作ればいいのに…」
梅月「夢品は、式神の扱いには長けているのですが、式神作りは苦手らしいです。…さて、準備は整いましたね」
サイ「(楽しそうに)なんだか緊張するッスね! 思い出すなぁ、菊砂先生に呼び起こされたときのこと! …じゃあ先生、その新しい子は、この花の香りで起こすんスか?」
梅月「ええ、そうです」
サイ「へぇー…。…にしてもいい香り…。…えーと、この花は…(自信満々に)リン!」
アズマ「蘭(らん)だ」
サイ「惜しかったッス。 …ところで先生?」
梅月「なんですか?」
サイ「その新しく作る式神の名前って、もう決めてるんスか?」
梅月「(ふっと微笑み、頷いて)ええ、…この花で起こすと決めたときからね」
サイ「へぇー、どんな名前なんスか? 教えてほしいッス!」
梅月「いいですよ、…名前は――」
アズマ「サイ。お前、障子を開けっ放しじゃないか。儀式を始めるっていうのに…」
サイ「あ、はいッスー」
梅月「やれやれ、と…」
サイ「で、先生、その名前って――」

【SE*ぱたん、と障子が閉まる音】



(終了)




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