人ならざるものたち 改 3話 「遠い人」



キャラ表
(性別表記の無いキャラクターは、性別不問)


梅月(成人)  ♂ 式神を扱う術士(最後のみ登場)
佐納雪昌/梅月(13歳) ♂ 幼い頃の梅月
菊砂(13歳)/サイ ♂ 梅月の友
白蘭 ♂ 藤水の養子。梅月と菊砂の兄弟子
藤水 ♂ 白蘭の養父。梅月と菊砂の師匠
七亡者(ななもうじゃ) 不問♀寄り 妖怪 後半のみ登場

以上6名 (♂5 不問1)

*備考*

サイと菊砂は喋り方と年齢がほぼ一緒なので、一人二役です。
梅月の本名は佐納 雪昌(さのう ゆきまさ) 冒頭のみ、役名が雪昌表記です。



--------------------以下本文



【状況*十数年前の藤水邸。入り口に佇む藤水と、小さな少年。少年は小振りな風呂敷包みを1つ持っていたが、それが今の彼の全財産】
藤水「佐納 雪昌(さのう ゆきまさ)、か…。…不憫な子だね」
雪昌「いいえ、…父も母も、誰もが僕のことを嫌っているのは分かっていますから」
藤水「しかし、君に修行が必要ということも事実だよ。相当、宿り木に侵され易い体質だと聞いている。…そうだ、術士としての名は考えたかな?」
雪昌「(首を振って)いいえ」
藤水「そうか。…昨日今日でいきなり名前を変えろと言われても馴染まないだろうがね」
雪昌「(ふと近くの木を見上げ)…先生、あの木は?」
藤水「あの木? ああ、あれか。…あれは古い木だ。名前は、千手梅(せんじゅうめ)。…この土地の主とも言える、立派な梅の木だよ。どうかしたかね」
雪昌「いえ、…あの梅の木がなんだか…花もついていないのに綺麗に感じて。…梅って名前が自分の術士名にあれば、…凛々しくいられるかな、と思ったのです」
藤水「梅、か。なるほど。植物は生命の象徴だ。私も含めて、術士名に使う者は多い。いいだろう。…では、あと一文字、なんと名づけようか――」

(少し間)

【状況*藤水邸の中】
藤水「菊砂(きくすな)、白蘭(びゃくらん) こちらへおいで」
菊砂「はいッス!先生!」
白蘭「父様、その子が、例の佐納家の…」
藤水「もう、佐納の名ではない。…さ、名乗ってご覧」
梅月「はい。…梅月です。…初めまして」
白蘭「(にこりと笑って)初めまして。僕は白蘭。ここで父の手伝いをしています」
菊砂「…うめづき、うめづき…へぇえー! 俺は菊砂! なーなーとしいくつー?」
梅月「13」
菊砂「おおー、同じだ! よろしくな、梅月!」
梅月「あ、ああ…うん…うめづき…うん…」
藤水「(梅月の様子を見て悟って)違う名に慣れるには、時間がかかるな。しかし、此処では決して、元の名を名乗ってはならない。…此処は人ならざるものを寄せ付けない結界の中ではあるが、それでも万が一妖怪に真(まこと)の名を知られれば、それは術士としての死を意味するのでな」
菊砂「術が効かなくなるんスよね、妖怪に真の名を唱えられると。…よかったー、俺生まれた時から術士名しか持ってなくて」
梅月「こんなに穏やかな山の中にも、…妖怪が居るんですか?」
藤水「まあ、術士の家の近くなのでそれほど邪悪なものは居らんが、霧が出れば霧女房(きりにょうぼう)が出るだろう。…近くの村で弔いがあれば、それを迎えに七亡者(ななもうじゃ)が現れもするしな」
菊砂「そーゆーの、退治しないんスか?」
藤水「きりがないのでな」
白蘭「…そうだ梅月、お饅頭は好き? 美味しいよ」
梅月「あ、いえ…いいです。 (眉を寄せて)…甘いもの、苦手で…」
白蘭「はは、そうなんだ。残念」
藤水「では梅月、菊砂。2人共着替えてここへおいで。…梅月は基礎から、菊砂は昨日教えた、弓の使い方の続きだ」

(少し間)

【状況*表から書庫へと歩く菊砂と梅月】
菊砂「んんー!(伸びをしながら)…あーあ」
梅月「…どうしたんだ、菊砂」
菊砂「こう、毎日毎日弓の練習ばっかりしてると飽きる! 早く式神と契約とかしたい――」
【状況*洗濯物の籠を抱えた白蘭が前方から歩いてやってくる】
白蘭「あ、2人共修行終わったの? …お疲れ様」
菊砂「(ぱぁっと嬉しそうに)白蘭兄さん! おつかれさまッス!」
白蘭「この後は学問でしょう? …今日のおやつは金平糖だから、頑張ってね(微笑みながら) それじゃ2人共、またね」
菊砂「またねッス! …どうしたんだ梅月」
梅月「いや…白蘭兄さんは、どうして術士名(じゅつしな)を持っているのに修行をしないんだろう」
菊砂「身体が弱いから、って聞いたけど?」
梅月「…んー…あと、あの人の年って、俺達と3つか4つ違うぐらいだよな。どうしてあんなに、髪が白いんだ?」
菊砂「俺には銀色に見えるけどな! 美しい、白い狼の毛皮みたいな…! 憧れるぜー、あの美人さん…(ぱぁっと顔を明るくして)」
梅月「…そうか(どうでもいい、といった様子で」

(少し間)

【状況*ぱちぱちと火の弾ける囲炉裏を囲む4人】
白蘭「へぇ、それじゃあ2人共、明日はふもとの非居村(いなずむら)へ?」
菊砂「はいッス! 梅月と俺とで、お使いッス!」
梅月「師匠は、柿崎岬(かきざきみさき)の方へ行かれるのですよね」
藤水「そうじゃ。どうも、忌み狐の数が昨年より多いと聞く」
白蘭「それは大変ですね。 (とても深刻そうに)ううん…それにしても、…非居村(いなずむら)か…」
梅月「兄さん、どうしたんですか?」
菊砂「何か心配ごとでも?」
白蘭「…いや、たいした事ではないのだけれど…非居村名物、非居焼き饅頭(いなずやきまんじゅう)が、餡子の具合が絶妙らしくて、とても有名なんだって…。…食べたいなぁ…非居焼き饅頭…」
梅月「…へ、へぇ…」
菊砂「じゃあ明日、それも一緒に買って来るッスよ!」
白蘭「はは、ありがとう。嬉しいなぁ」

(少し間)

【状況*厨房の隅で食器を洗う梅月】
白蘭「あ、梅月…食器なら僕が洗うのに」
梅月「いえ、たまには俺が…」
白蘭「(少しの間、梅月の横顔を眺め)…ふふっ」
梅月「なんですか?」
白蘭「ううん。いいなぁ、僕も外に出てみたいなぁ、って(焦がれるように」
梅月「(驚いた様子で)白蘭兄さん…あまり外に出ないのですか?」
白蘭「(梅月の方をむいて、少し声を抑えて)…実はね、…父様に引き取られてこの家に来てから、…結界の外に…山を、下りたことがないんだ」
梅月「…どうして…」
白蘭「僕はね、ただ身体が弱いわけじゃないんだ。人ならざるものへの影響を受けやすくてね。普通宿り木は、何週間もかけて人に巣食って発症するだろう? けれど僕の場合、結界の外に出れば、あっという間に発症してしまうんだ。 (ぼそっと、早口で)…やっぱり、人間じゃないからかなぁ」
梅月「(最後の言葉が聞き取れず)えっ? 今なんて――」
白蘭「(にっこりと笑顔で)とにかく、僕が此処から出られない分、明日は楽しんで来てね」
梅月「…はい…(納得のいかない様子で」
白蘭「あ、そうだ梅月。…(ふふっと笑って表情を崩し)みたらし団子、食べる? 美味しいよ」
梅月「…いいえ。あの、…白蘭兄さん」
白蘭「なぁに?」
梅月「何故いつもそうやって、俺に甘いものをくれようとするのですか?(半分疑問、半分迷惑そうに」
白蘭「えぇ、だって、甘いものって美味しいじゃない。だから、おすそ分け(にっこりと」
梅月「…そう、ですか」
白蘭「うん、それにね、梅月(少し梅月に近づいて、彼の頭を撫でながら) なんだか、君は僕ととても似ている気がするんだ。だから、あれこれ構いたくなるのかも。…お節介かな?」
梅月「(複雑そうな顔で)…甘いものは…苦手です」
白蘭「はは、そうかそうか、残念(苦笑しながら) それじゃ、おやすみ梅月。また明日」
梅月「…はい(言われた言葉を噛み締めながら)」

(少し間)

菊砂「それじゃ、行ってきまぁーっす!(元気に明るく」
藤水「留守を頼んだぞ、白蘭」
白蘭「行ってらっしゃい、皆気をつけて(軽く手を振りながら)」
【SE*砂利の上を歩く音2人分】
梅月「うーん…」
菊砂「どうしたんだよ梅月。…非居村(いなずむら)までなら、殆ど一本道だから心配ないぜ!(自信満々に」
梅月「いや、そうじゃなくて。…なんか昨日の兄さんの様子が…。…まあ、いいか。なんでもない」
菊砂「そっか」

(少し間)

菊砂「いやー…まさか、非居焼き饅頭があれほどの人気とは…(げっそり疲れた様子で」
梅月「2人で2個、か…酷い戦いだったな」
菊砂「ああ。もう2度と買いに行きたくねぇなー…。…あ、ほら見ろよ、もう先生の家が見えてきたぜ! さすが一本道! (ふと何かに気づき)…ん?」
梅月「…なんだ? …鐘の音?」
【SE*からん、からん、と鐘を叩く音】
七亡者「(右に左に呼びかける)はぁ、どなたさまも、どなたさまも、おいでませ…おいでませ…間もなく、船が出ますぇ…あれまあ、そこの坊ちゃん方」
菊砂「な、なんスか」
七亡者「(詠う様に)是非是非、おいでませ。…おいで頂ければ、美味しいお料理に、雅な音楽、安楽の椅子が待ってますぇ…」
菊砂「聞く必要ないな。家で白蘭兄さんが待ってるんだから! …って、梅月? 梅月?」
梅月「(苦しそうに)き、菊砂…」
菊砂「な、何ついていってんだよ、戻ってこいよ梅月!」
梅月「あ、足が、足が勝手に動いて――」
菊砂「何おかしなことを――あ、あれ、俺も…!」
七亡者「(嬉しそうに)はぁ、坊ちゃん方、ようこそおいでませ、おいでませ…わたくしの後にしっかり続いて、さあ…黄泉の国まで、ひとっ走りでございますよぉ…」
菊砂「よ、黄泉の国!?」
【SE*からんからん、と鐘の音】

【SE*砂利道を早足で歩く音】
菊砂「(声を潜めて)な、なあ梅月、これってやっぱり妖怪なのか?」
梅月「(声を潜めて)本でしか読んだことがないが、七亡者(ななもうじゃ)って妖怪だと思う。…こいつらは、人を食うことよりも金儲けを考えるって聞いたことがある。…そこをつけば…」
菊砂「た、助かるのか?」
梅月「…金がないと言えば見逃してくれるかもしれない」
【SE*小川の水音】
七亡者「さあて坊ちゃん方、この川を渡ればあちらの世に御座います…。…渡り賃の銅貨6枚…頂きましょうか」
梅月「(小さく呟き)これだ…! …あの、亡者様。…俺達は子どもなので、金がありません。…今日の渡りはご遠慮します」
菊砂「そ、そうです、そうなんです」
七亡者「…ああ、それは残念なことです…」
菊砂「じゃ、じゃあ…」
七亡者「大丈夫にございます」
【SE*しゃらん、と大きな金属の音】
七亡者「(巨大な肉切り包丁を取り出し)…子どもの片腕が1本銅貨3枚、足も1本3枚、お目目ならひとつ6枚で取引しておりますのでね。…どれになさいます?」
菊砂「ど、どれも嫌だよ!」
七亡者「それは困りますなぁ…渡りを中止なさるなら、ここまでのご案内のお代、銅貨24枚…。(ちらりと2人の四肢を眺め)…お2人の全部の手足もぎ取ってようやっと足りますわぁ…」
梅月「横暴だ…(呟く」
菊砂「あの世に行った方がまだいいじゃないか!」
七亡者「(あはっと嬉しそうに)でしょう、でしょう…さぁさぁ、…さくっとあの世に行ってしまって――おや?」
【SE*ざく、ざく、と草を踏む音】
梅月「茂みの向こうから…誰か来る?」
七亡者「新しいお方や…道に迷われた方でしょうかねぇ…(声を張り上げ)さあさあ、そこのお方、ご一緒に――ひ、ひいいっ(怯えた様子で)…な、なんやこれ…寒気が、寒気が止まらん…!」
菊砂「そ、そこに居るの、誰ッスか!」

白蘭「(静かに)…妖怪、七亡者か…。…金儲けばかりを考えているから、いつまでたっても、あの世で休む事を許されない…。 (下衆を見下した声で)…哀れだな」
七亡者「な、なにを、おまえ、何を――」
菊砂「白蘭兄さん!」
梅月「どうして…」
白蘭「亡者は大人しく、死者の道先案内をしていればいい。 (強く)この場から立ち去れ」
七亡者「い、嫌です、やらんわ。久々に美味しそうな肉、見つけ――ひいいいっ さ、寒い、寒いぃっ!(ぶるぶる震えながら)」
白蘭「立ち去りたくないか、そうか…。(七亡者に向かって右手をむけ)…どうだ? 何を感じる」
七亡者「(胸を押さえて)っぐぅ…! (むせ返りながら)がっ…」
白蘭「耳を澄ませ、よく聞け。…お前の心の臓が軋む音だ…。分かるだろう、僕は今お前の体内を圧迫している。…お前が、滅してくださいと懇願するまで、心の臓を抑制してやろう」
七亡者「(悶え苦しみながら)い、いや…みのがし、てぇ…」
白蘭「(ふっと力を緩め)…立ち去れ。今すぐに」
七亡者「う、うぅ…っ…(よろめきながら茂みの奥に消える」

白蘭「…(振り返って微笑み)…梅月、菊砂。もう大丈夫だよ」
菊砂「兄さん、助かったッス!」
梅月「でも、どうして…」
白蘭「はは、美味しそうな饅頭の匂いと…おかしな鐘の音が聞こえたからね」
梅月「でも兄さん、外に出たら――」
白蘭「(静かににこりと笑って)君たちを助けられて、よかった。それだけだよ。…さ、家に帰ろ――くぅ…あぁっ!(心臓を抑える)」
【SE*どさっと大きなものが倒れる音】
【状況*地面に倒れ、痙攣する白蘭。駆け寄り、揺り起こす菊砂】
菊砂「兄さん!(絶叫する) 兄さん、兄さん! どうしたんスか!?」
白蘭「(言葉にならないほど苦しんで)くっ…うう…」
梅月「菊砂、兄さんの肌から灰が…!」
菊砂「灰!? 灰って、なんで!?(パニック状態で」
梅月「――宿り木が、発症したんだ(鋭く」
菊砂「嘘だろ、身体が灰に変化するなんて、発症しても3日後の…お、おい梅月、小刀なんて取り出して、何して――」
【SE*服をびりっと破く音】
菊砂「梅月!? お前まさか、宿り木抑制の呪い(まじない)を!? まだ習ってないだろ!」
梅月「やるしかない、死なせない…! 兄さん、少し我慢してください…(ぐっと、白蘭の背中に小刀を刺しこむ)」
白蘭「ぐ、あぁっ…!(鋭い痛みに声をあげる)」
梅月「(肌を切り込みながら、彫り方をぶつぶつと呟く)東西南北の…4つの陣…そこに…式神、人、妖怪…境に…守護の印…円と…そして…(汗をぬぐい)…そして、人の心、魂、肉体…!」

(少し間)

梅月「(はぁーっと息を吐き、疲れた表情で)…終わった…菊砂、布で血をぬぐって…。…此処じゃ、蝋で炙って印を定着させることはできない…。…兄さんを背負って、家まで連れて帰ろう…」
菊砂「あ、ああ…。…なぁ、梅月、…どうして、宿り木封じの印なんて知ってたんだ?」
梅月「(静かに、目を伏せ)…宿り木封じなんて、もう覚えてる。…俺の背中に、20はあるから」
菊砂「(驚いた表情で)…え…」

【SE*がらりと木戸を開く音】
藤水「白蘭、白蘭!(荒く叫ぶ」
菊砂「師匠!」
梅月「(泣きそうな声で)師匠…蝋で炙って印を定着させても、兄さんの宿り木が治まらないのです。どうして…」
藤水「白蘭は、特異な体質なのだ…」
白蘭「(弱々しく)…父様…ごめんなさい…。…結界の外に出て…しまいました…」
藤水「2人から伝令を貰った。(鋭く言ったあと、白蘭の容態を診る)…宿り木を発症するとは…これを治療できるとすれば、…護法本部にしか…」
菊砂「護法本部? そこでなら治るんスか!? 師匠、だったら――」
藤水「だが、しかし…」
梅月「しかし、なんなんですか? 師匠、兄さんはどういう人なんですか? 宿り木の発症の速さ、それに式神を使わずに妖怪を払えるなんて、そんな――」

白蘭「(震える声で)…式神と、人の間に生まれたんだよ」

(暫し、沈黙)
菊砂「…え?(呆けた様子で」
梅月「…なんですか、それ…(信じられない、といった様子で」
藤水「白蘭…」
白蘭「僕を生み出した男…空木(うつき)という術士は、伊鶴(いづる)という、宿り木に陥りやすい女が産んだ子供に、無理やり式神を憑依させて、人のまがいものを作った。…4人失敗して、5人目で成功した。…それが、僕」
梅月「そんな…」
藤水「外道じゃ。…外道故に、空木は護法本部から追われて連行され、処刑された。…処刑前夜に、5人目の子どもを私に託した。…最後の願いだといわれた」
白蘭「…僕が生きていることは、本部には見て見ぬフリをされてきているのだと思う。…そんな僕が助けを求めても、生かされるかどうか分からない。…でも、父様。(凛とした目で)…僕は、まだ生きていたいです」
藤水「白蘭…」
白蘭「(震えながら、しかし芯のある声で)生きて、…普通の身体に戻って、梅月と、菊砂と、一緒に修行をしたい。…誇れる兄弟子になりたい。父様のような強い術士になりたい。…お願い父様、このまま朽ちるのは嫌です…」
菊砂「…うぅ…兄さん…(ぐすっと涙を拭い」
梅月「…」
藤水「(静かに)分かった。…護法本部へ連絡しよう」
白蘭「…ありがとうございます、父様…」

(少し間)

白蘭「…2人とも、見送ってくれてありがとう。…僕はなんだか泣いてしまいそうなのに、2人は強いね。…なんだか、悔しいなぁ(へへ、と苦笑しながら」
菊砂「(当然のように)だって兄さんは治療に行くだけなんだから、泣かないッスよ。…なー、梅月」
梅月「(頷き)ああ、もちろん」
白蘭「はは、そうだよね。うん(微笑み」

(少し間)

白蘭「(ぽつりと)昨日話した通り、僕は生まれた時から人ならざる存在。…生まれるべきでないとすら、思っていた」
菊砂「兄さん…」
白蘭「でも、菊砂や梅月、2人が修行をして、どんどん逞しくなっていって…僕を慕ってくれているのを見ていたら…僕は、…生きていたいと、…そう思うようになったよ。(優しく、微笑んで)ありがとう、2人とも」
菊砂「…そんな…」
白蘭「菊砂」
菊砂「は、はいッス」
白蘭「(菊砂に目線を合わせるように膝を折り)…君の笑顔は本当に、僕を励ましてくれた。…君がいつも、心から笑える毎日を送れるといい、って…願っているよ(微笑み」
菊砂「はい…」
白蘭「僕の部屋にある詩の本は、好きに読んでいいよ、菊砂。…君は本当、毎晩詩の勉強に熱心だったね(にこりと微笑み」
梅月「毎晩?」
菊砂「し、詩に興味あったんだよ!本当だからな!(梅月からぷいっと目をそらし)」
白蘭「梅月」
梅月「はい」
白蘭「…僕は今日から、此処に関係のある人間じゃなくなる。…いつまでそうなるか、分からない。…それってつまり、どういうことか分かる?」
梅月「いいえ」
白蘭「僕は、僕だけは、君の本当の名前を呼んでもいいってことだよ。 (柔らかく)…雪昌(ゆきまさ)」
梅月「(目を見開き)っ…! 兄…さん…」
白蘭「君は、本当の自分や本当の名前を捨てなくてもいい。僕が、君の名前を覚えているから。…雪昌、梅月として強くなって、そして…いずれ僕と会うときは…その時は、雪昌として、会おうね」
梅月「(言葉に詰まりながら)…はい…兄さん…ありがとう…ございます」
白蘭「はは、菊砂には本をたくさんあげられるのに…雪昌にあげるものが見当たらないなぁ…。…どうしよう…あ、(思いついた様子で懐に手を入れ)…これ、僕が作ったお饅頭。きっと美味しいよ?」
梅月「…兄さん…」
白蘭「嫌、かな?」
梅月「…いいえ、頂きます」

(少しの間)

藤水「よいのか?」
白蘭「ええ」
藤水「では梅月、菊砂。…留守を頼んだぞ」
菊砂「はいッス!」
藤水「白蘭、行こうか」
白蘭「はい。 …2人共、元気で!(笑顔で」

【SE*砂利を歩く足音】
藤水「…もう、2人からは見えんぞ、白蘭」
白蘭「…そうですか…」
(少し間)
藤水「いつだって笑顔で強がるお前が泣くところなど、初めて見たわ。…まあ、新鮮でよいが」
白蘭「傷が…痛むから…っく…泣いているんですっ…」
藤水「…(ふっと笑って)…そうか、痛むからか」
白蘭「うぅっ…(しゃくりあげ)」

【状況*縁側で庭を眺めている2人】
梅月「白蘭兄さん、…行っちゃったな」
菊砂「ああ」
梅月「…いつか兄さんと修行、…したいな」
菊砂「うん。…強くなりたい。…俺達を守ってくれた兄さんの背中、…かっこよかった」
梅月「強くなろうな、…術士として。…術士梅月って、強く名乗れるように」
菊砂「術士菊砂、か。…いいな、かっこいい」
梅月「…なぁ、菊砂」
菊砂「なんだよ」
梅月「…饅頭って甘いな。…甘すぎる」
菊砂「饅頭だからな」
梅月「…でも、美味いな。…うん、美味い。…兄さんがくれた…饅頭…ひぐっ…うま…いぃ…」
菊砂「当たり前だろ…っ…兄さんの手作り、だぞっ…ううっ…」
梅月「なんで俺っ…今まで食べなかったんだろっ…ひっぐ…こんなに、美味い、のにっ…」
菊砂「ばーかっ…おれ、俺、いっぱい食ったぞっ…兄さんの、…作ってくれた、…お菓子、いっぱい…」

菊砂「(崩れるように叫ぶ)もっと食べたかったよっ! (ぼろぼろ泣きながら)兄さんと、もっと、もっと一緒に、居たかった!」
梅月「っ…き、菊砂、も、もっど、づよぐ、なるんだが、ら、なっ…」
菊砂「…何言ってるか、分かんねぇよぉっ、ばかぁあっ」
梅月「うっ…うぅっ…俺たち、…強い、術士にぃ…っ」
菊砂「もちろん、だよっ…」
梅月「にい、さん…っ(しゃくりあげながら」

(少し間)

サイ「梅月先生ー!」
梅月「ああ、サイ。どうしました?」
サイ「護法本部から討伐指令が来たッス。あと、アズマがお茶淹れてくれたッス」
梅月「そうですか。…では、行きましょうか。…丁度、先日の毒草について報告書を書き終わったところですし(立ち上がり」
サイ「あ、そうだ先生。お茶菓子何にするッスか?」
梅月「そうですね…やはり、饅頭がいいですね」
サイ「はー、ほんと先生って、甘いもの好きッスよねー」
梅月「…(ふふっと笑って)そうですね、…昔は、そうでもなかったのですけれど」

SE*廊下を歩く音】

終了
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