人ならざるものたち 改 2話 「心と背中」



キャラ表
(性別表記の無いキャラクターは、性別不問)

梅月(うめづき)/♂ 式神使いの術士
サイ/不問♂寄り 梅月の見習いの式神
アズマ/不問♀寄り 梅月の見習いの式神
葉鶴(はづる)/♀ 梅月に治療を依頼した娘



--------------------以下本文



【SE*とたとたと廊下を歩く音】
サイ「せんせー、…せんせー? …どこ行ったッスかね…。…せんせー! …あ、アズマ!」
アズマ「(壁によりかかったまま興味なさそうに)…サイ。あまり廊下で大声を立てるな」
サイ「先生を探してるんスよ。…アズマこそ、こんな廊下で何してるんスか? …寒いッスよ?」
アズマ「…(ふーっとため息を吐き)…先生が湯から上がられるのを待っているんだ」
サイ「ああなるほど、先生は今お湯に…。だからいくら探しても居なかったんスね。そうかそうか、……って、アズマ。…なんで待ってんスか?」
アズマ「(つんとして)質問の多い奴だな。…待ってるものは待って――あっ」
サイ「ん?」
【SE*からり、と湯殿の扉が開く】
梅月「はぁ…いいお湯でした、と…おや、サイにアズマ。 (首をかしげ)…順番待ちですか?」
サイ「あ、いや、俺はそうじゃないッスけど、アズマは――」
アズマ「わーっ、わーっ、よ、余計な事を言うなバカ! …せ、先生、こ、これっ、どうぞっ(手ぬぐいを梅月に差出)」
梅月「ああ、どうも、ありがとうございます」
アズマ「そ、それでは私はこれで! し、しし、し、失礼しますっ」
【SE*ぱたぱた、と廊下を走り去る足音】
サイ「…アズマってば、手ぬぐい渡しただけで行っちゃったッスね(背中を見送りながら不思議そうに」
梅月「あの子はマメですよ。いつも湯上りの用意をして待っていてくれますから。…まあ、その辺に置いておいてくれてもいいのですけれどね」
サイ「へぇー…まあ、俺たち式神は風邪ひかないッスから…」
(少し間)
梅月「……で、サイ」
サイ「はい?」
梅月「貴方は何の御用ですか?」
サイ「あ、ああっ、そうッス! ――護法本部から、変な指令が来てたからお知らせにきたッス!」
梅月「変な指令?(アズマからもらった手ぬぐいで髪を拭いながら」
サイ「そうなんス。…えっと…(ぱらり、と手元の紙を開き) 甲羅ヶ池村(こうらがいけむら)に住まう娘が、宿り木(やどりぎ)を発症した模様。…術士梅月は速やかに甲羅ヶ池村に向かい、これを対処せよ、…とのことッス」
梅月「…甲羅ヶ池…それに、…宿り木…ですか…(少し気分が重そうに」
サイ「なんか、妖怪の討伐でなく、捕獲でなく、周辺調査でなく、…って指令、珍しいッス! …ていうか先生、宿り木って何スか? …菊砂先生のところに居たときも、今も、聞いたことないッス」
梅月「…そうですね、サイ。(顎に手をあて)…宿り木について一言、簡単に説明してあげましょう」
サイ「はいッス!」
梅月「めんどくさい。 …以上です」
サイ「えぇっ? せ、先生、それってどういう――」
梅月「(しれっと)さーてと、湯上りの茶と苺大福が楽しみですね、っと…」
サイ「せ、先生? 先生? ま、待ってくださいッスー!」

(少し間を空け)
【SE*ざくざく、と地面を歩く足音】
サイ「…あのー、先生?」
梅月「なんですか、サイ」
サイ「指令届いたの昨日の夜で、速やかに対処しろってあったのに…。…今は朝ッスよ?」
梅月「知ってますよ?」
サイ「(両手をぶんぶんと振り)べ、別に先生を馬鹿にしてるわけじゃないッス! …でも…甲羅ヶ池村に着くのは、お昼頃になると思うッス。…速やかじゃないッス」
アズマ「サイ。…先生には先生の考えがあって…」
梅月「いえ、行きたくないだけです。…本当なら断りたい気分ですよ、この指令(ため息」
アズマ「せ、先生?」
サイ「甲羅ヶ池村に何かあるんスか?」
アズマ「(心配そうに、ぼそぼそと)先生…無理をしないで…欲しいです…」
梅月「いえ…。…本格的に嫌というわけでなく…ただ、会いたくない人がいるというか、気まずいというか、…なんというか。…まあいいのです。…気をしっかり持っていきますよ、サイ、アズマ」
サイ「はいッス!」
アズマ「はい、先生」


【SE*街中の人々の雑音】

サイ「えーっと、指令によれば、その宿り木の娘の家は…あっちッス!」
梅月「(ぼそりと)…やはり、ですか…」
アズマ「先生?(顔を見上げ」
梅月「いえ、…なんでも」

サイ「あ、此処ッス! この家ッス!」
【SE*ざくざく、と砂利を踏んでこちらへ近づいてくる足音】
葉鶴「ああ、梅月先生…よくいらっしゃってくださいました」
梅月「(眉を寄せて)…存外、元気そうですね。葉鶴(はづる)」
サイ「えっ、先生お知り合いなんスか?」
梅月「…ええ。…(皮肉げに)…彼女、妖怪にとり憑かれやすい体質ですから」
葉鶴「いやだわ、ふふふっ」

【SE*こぽこぽ、と湯飲みに茶が注がれる音】
梅月「まあ、この甲羅ヶ池村で宿り木発症、と指令が来たときから、…どうせ貴女だろうとは思っていましたけれどね」
葉鶴「でしたらもう、分かっておいででしょう? …あ、梅月先生。…お茶をどうぞ」
梅月「どうも(簡素に)」
サイ「先生、その…宿り木ってなんスか? 俺まだ説明してもらえてないッス」
梅月「…ああ、そうでしたね(今気づいたように)…宿り木とは、人ならざるものへの感度の高い者が発症する心の病です。…いずれは肉体の一部が灰となって朽ち、…人の心を忘れ、最後には妖怪と同様の存在となる」
葉鶴「恐ろしいことです」
アズマ「(いつも以上にむっつりとして)…先生、何故私達を連れてきたのですか?」
サイ「え、俺達先生のお手伝いするんじゃないんスか?」
アズマ「宿り木を鎮められるのは、特殊な呪い(まじない)だけだ。…私達式神にそれを扱うことはできない」
サイ「えぇ、じゃあ先生、俺たちは?」
梅月「実は、特にする事がないのです。…今日は、宿り木に芽吹かれた者を実際に見せてあげようと思ってつれてきただけですから」
サイ「そうなんスか…」
葉鶴「嫌ですね、先生。…まるで人を見世物みたいに。…呪い(まじない)を施されることがどれだけ苦痛やら…」
梅月「(きっぱりと)嘘を言うものではありません。…貴女はもう、5度、6度と発症を繰り返しているでしょう」
葉鶴「(ふっと笑い)6度ですわ、先生。…今回で6度目。…ねぇ先生、…早くして頂けませんか?」
梅月「…まあ、いいでしょう」
アズマ「(すっと立ち上がり、静かな声で)…先生、私は出ていてもいいでしょうか」
サイ「アズマ?」
梅月「ええ、構いませんが」
アズマ「(一礼して)失礼します」
サイ「行っちゃったッス…。アズマ、どうしたんスかね」
梅月「さあ…(本当に検討がつかない様子で」
サイ「んん…気になるッス! 先生、俺アズマを追いかけてもいいッスか?」
梅月「好きにするといいでしょう」
サイ「(立ち上がり)じゃ、行ってくるッス!」

(少し間)

葉鶴「…気、使ってくれたのでしょうか」
梅月「アズマが? …あの子がそういう感情で動くとは思いませんが」
葉鶴「あら、式神に感情は無い、と以前言っていませんでした?」
梅月「…長い間式神と一緒にいると、…時々面白い発見があるものなのです。…さ、背中を向けて」
葉鶴「…ええ、先生」
梅月「…確かに5つ、…呪いがありますね」
葉鶴「その内3つが先生のもの、…そして今から4つ目の刻印をいただけるなんて、…私…(頬に手を当て)実はもう考えただけで嬉しくて、嬉しくて…(きゃっと顔を赤らめ)」
梅月「(ぶっきらぼうに、突き放すように)大抵の若い女性は、小刀を使って背中に消えない印を刻まれ、蝋で炙られる事を、…嫌がるものですけれど(ちゃき、と小刀を片手に持ちながら)」
葉鶴「私は特別…いえ、先生が特別なのです。 (くすくすと微笑んで)…私、宿り木を芽吹かせてしまう体質に生まれてきて、1度も悔やんだり哀しい思いをしたことなんて――」
梅月「(静かに、はぁとため息)もう黙りなさい。…それ以上何か言えば、骨まで抉りますよ」
葉鶴「…嫌だわ、怖い(くすっと笑いながら」


【SE*ざくざく、と草を掻き分けすすむ足音】
【SE*水がさらさらと流れる音】
サイ「アズマの気配はこっちから…あっ」

サイ「アズマ…」
アズマ「…(サイに気づいた様子で振り向き)…サイ、か…」
サイ「アズマ、…そんな、池に腰まで浸かってたら、風邪ひいちゃうッスよ!」
アズマ「(遠くを見ながら)…式神は、風邪などひかないだろう」
サイ「そりゃそうッスけど…」

(少し間)

アズマ「(ふーっと息を吐いて)…この甲羅ヶ池、…中々澄み切っている」
サイ「そうなんスか…」
アズマ「(独り言のように、しみじみと)…水の中に居ると、落ち着く。 (顔をあげて呼びかけ)…サイ、お前はどうして此処まで来た?」
サイ「どうしてって、アズマが気になったからッス!」
アズマ「…(ぼそりと)気に入らないな」
サイ「え? …何がッスか?」
アズマ「…私は、お前のそういうところが気に入らない。…鬱陶しくて、…嫌になる」
サイ「そうッスか…。(両手を頭の後ろで組んで)…まぁ、知ってたッスよ! アズマが俺のこと、好きじゃないことぐらい――」
アズマ「黙れ、口を閉じろ」
サイ「アズマ? 俺、そんなに――」
アズマ「そのへらへらした態度が気に入らないんだ。…口を閉じろ」
サイ「…アズマ…?」

アズマ「(こみ上げてくるものを抑える調子で)…何故お前には感情があるんだ…」
サイ「アズマ、俺には感情なんてないッスよ?」
アズマ「嘘をつけ。…私には、…(サイを真っ直ぐ見つめながら)…お前みたいな笑顔、作れない…」
サイ「…笑顔、なんて…」
アズマ「…お前には、感情があるように見える。…梅月先生だって、時々、まるでお前が…お前が、本物の人間であるように、会話している…。 (俯いて)梅月先生はお前と話しているとき、…楽しそうに笑っている…」

(少し間)

サイ「(静かに)菊砂先生が、笑ってたからッスよ?」
アズマ「…お前が、…いつも笑っている理由か?」
サイ「(頷いて)そうッス。…嘘でもいいから笑えって。 お前の笑顔はいい笑顔だ、お前は笑ったほうがいい、って、(胸の辺りを抑えながら)…何度もそう言ってくれたッス」
アズマ「…」
サイ「最初は、笑い方なんて分からなかった。でも、先生の言う事だからって、毎日鏡見て練習した。…そうしてなんとなく笑うようにしていたら、…菊砂先生が、笑って褒めてくれるようになって。…それで、…先生がそうやって笑ってるところみたら、俺もなんか安心して、…じんわり暖かくなって、…多分、そういうのって…嬉しいって奴だと思う」
アズマ「(戸惑った表情で)…私には、そんな風には…」
サイ「ありえるよ。…だってアズマ、先生の事が好きっしょ?」
アズマ「なっ…何を言っている! 私は、そんな事は、ない、断じて…」
サイ「俺は、菊砂先生の事が好き。今でも、大好き。…なんでか、分かる?」
アズマ「…いいや」
サイ「それは、菊砂先生が主だから。俺を作ってくれた人だから。 (目を閉じて)この世で初めて見た人…。…アズマも、…この世界で初めて目を開けたときの事、…覚えてると思う」
アズマ「……(観念したように)…ああ…覚えている」
サイ「初めに聞こえたのは鈴の音。…目を開いたら、たくさんの鈴が、天井に吊るされてた。…そこに、菊砂先生が居て、俺の名前を呼んでくれた。先生に使役されるために生まれてきたって、教えてくれた」
アズマ「私は水だった。…(池の水を掬い取りながら)…水の中で目を開けた」
サイ「(柔らかく微笑んで)そうして、それからずっと、俺もアズマも、主(あるじ)の為に尽くしてきた。…それが式神だから。…でもな、アズマ」
アズマ「…なんだ」
サイ「式神が主を慕うことが仕組みなんだとしても、…俺が菊砂先生を好きなことは、それは事実だ。…アズマも、梅月先生が好きなんだろう?」
アズマ「(苦しそうな表情で)…私は…」
サイ「水の中が落ち着くのは、先生に作られたときの事を思い出すから。…自分が笑えないって思うのも、感情がないから先生を楽しませられないって思うのも、…それってつまり、梅月先生が好きって事だと思う」
アズマ「(俯いて)こうして水に浸かっているのは、落ち着くから、他にもう1つ。…自分を戒めるためだ。 (言い聞かせるように)…私は人間ではない。先生の式神でしかないんだと、そうやって、…自分を落ち着けていた。 (言葉と裏腹に泣きそうな声で)…サイ、…私は…私は式神だから…式神、だから…」
サイ「…アズマ…」

(少し間)

サイ「(打って変わって明るい表情と口調で)まっ、アズマがそう言うんなら、別に俺はいいと思うッスけどねー」
アズマ「…サイ?」
サイ「でもね、アズマ。…気をつけないと」
アズマ「…何を?」
サイ「(あっけらかんと)人間は俺達式神と違って、簡単に死んじゃうんスよ。…目を閉じて次に開けるまでの間に、好きな人がまだ生きてるなんて保証、ないッス」
アズマ「…そんな…そんな事を言うな…」
サイ「術士も人ッス。どうせなら、笑顔で明るく接してた方が、いい思い出作れるッスよ。…死体は固くて冷たくて、…あんなもんにいくら、「お慕い申し上げておりましたー」なんて言ったって、通じるもんじゃないッス」
アズマ「…それはそうだが、…だが…」
サイ「(ぼそっと)菊砂先生は、俺が目を閉じて、次に開けたとき…もう、殆ど死んでたし」
アズマ「っ…」
サイ「…さーてと、宿り木を払うための儀式がどれぐらいか知らないッスけど、そろそろ戻らないッスか? …ね、アズマ」
アズマ「…」

(少しの間)

アズマ「(静かに)…ああ、そうだな」
【SE*ばしゃり、と水の音】

(少し間)

梅月「それでは、さようなら」
葉鶴「ふふ、また会える日を楽しみにしていますね」
梅月「それ以上背中に刻印は刻めませんよ。…永久的に宿り木を払うなら、それなりの修行を積むべきで――」
葉鶴「背が埋まれば次は肩、それが埋まれば右腕、左腕、それに右脚左脚…まだまだ一杯、彫る場所はあります。…先生が小刀を持てなくなるまで、私先生のお世話になりたいわ」
梅月「(きっぱりと)お断りします」
葉鶴「(ふっと暗い顔で)とは言いましても…修行をしてしまえば、先生とお別れしてしまう気がしますもの」
梅月「そうするのがお勧めです。…私となんて、関わらないほうがいい」
葉鶴「ふふっ、そんな事ばかり言って」
梅月「(疲れた表情で)…サイ、アズマ。…帰りますよ」
アズマ「はい」
サイ「はいッスー」
梅月「(ふと気づいた様子で)…アズマ、…何故そんなに濡れているのですか?」
アズマ「…た、滝修行を(真顔で」
梅月「(ふむ、と頷き)賢明な事ですね」
葉鶴「先生、ごきげんようー(片手を振りながら」
梅月「(心底嫌そうな顔で)…行きましょう」

【SE*木戸ががらりと開く音】
梅月「(肩を落とすほど疲れた様子で)はぁ…あの女性はなんというか本当に…解せない人です。…サイ、湯の準備を」
サイ「はいッスー。…あ、羽織預かるッス!」
梅月「どうも」

【SE*廊下を歩く静かな足音】
梅月「…おや? …アズマ、どうしました」
アズマ「…あ、…先生…あの…」
梅月「用事でしたら、私…湯に入ってからでもいいですか?」
アズマ「あ、いえ、その…」
梅月「? …どうしました、アズマ」
アズマ「…あ、あの…(ぐっと、顔を上げ)…せ、先生!」
梅月「はい?」
アズマ「お、おせ…お背中、お流しします!(一息で言い切る」
梅月「え?」
アズマ「あ、あの…先生、今日はお疲れだから…お背中、流したい、と…ずっと思って…いや、あの、たまたま思いついたので…」
梅月「(あっさりと)そうですか、ではよろしくお願いします」
アズマ「え? は、はいっ」
梅月「…どうしました? …さ、中へ入りましょう。廊下は寒い」
アズマ「はい、…そうですね、失礼します」

【SE*ことこと、とお湯を沸かす音】
サイ「さて、お茶の準備は出来たし…。…あ、先生、お風呂あがったら今日は何饅頭食べるッスかね…。…用意しとかないと、っと」

サイ「…はー、にしても、なんか色々、忙しい1日だったッス(ふーっと息を吐いて」

【SE*戸棚を開けたり、皿を出し入れする音が続く】




終了




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