人ならざるものたち 改 1話 「狐の目」
キャラ表
(性別表記の無いキャラクターは、性別不問)
梅月(うめづき)/♂ | 式神使いの術士 |
サイ/不問♂寄り | 梅月の見習いの式神 |
アズマ/不問♀寄り | 梅月の見習いの式神 |
仇狐(あだぎつね)/不問♂寄り | 後半のみ登場 |
忌み狐(いみぎつね)/♂ | 冒頭のみ登場 |
村長/♂ | 冒頭のみ登場 |
【状況*森の中】 【SE*がさがさ、と風が揺れる音】 梅月「――人は生きるため、獣の肉を喰らう(静かに」 【SE*風の音】 梅月「しかし、食われた獣にも確かに魂はある(静かに」 忌み狐「っはぁ…ぐ…ああ…(肩で息をし、痛みに震えている)」 梅月「生きて生皮を剥がれ、焼かれ食われた獣にも、――心がある」 忌み狐「ああ…ぐぅ…がっ…(啜り泣き、唸る)…お、おお…おまえ…たち…を…(震える声で」 梅月「それを忘れ、弔いの塚を立てなかったから、こうなる(ふっとため息」 アズマ「(はっと気づいた様子で鋭く)先生、来ます!」 梅月「(めんどくさそうに、早口で)…化け狐め」 【SE*ざざっと木々を掻き分け、接近する足音】 忌み狐「お前達、ニンゲンを、俺が、食い殺すっ!(絶叫して襲い掛かる」 梅月「(素早く)アズマ、左は囮、本体は右です、動きを封じなさい」 アズマ「はい!」 【SE*ばしゃりと跳ねる水音】 忌み狐「ぐっ、ぐぅううっ(拘束され必死にもがく)がっ、はぁっ、こ、この…うらみっ…は…!」 アズマ「せ、先生、捕らえましたっ 言霊を!」 梅月「よろしい、滅しなさい」 アズマ「はいっ」 【SE*水音】 忌み狐「ぐああああっ(悲鳴) ……く…この…うら、み…(徐々に声を落とし、消えていく」 梅月「恨みはどうぞ私以外で晴らしてくださいね(さらりと言い、向きを変え)…さて、アズマ」 アズマ「は、はいっ」 梅月「…緊張しすぎないことです。あと少し、あの狐が来るのが遅ければ、集中が切れていたでしょう。…しっかりなさい」 アズマ「…はい…(きゅっと袖を握る」 梅月「まあ、修行を重ねればそれも――おや」 【SE*こちらへ走ってくる足音】 村長「梅月先生、終わりましたか」 梅月「ええ、村長。相手はただの化け狐…私達術士の界隈では「忌み狐」と呼ばれる類のものでした。…今後は狩りの時期の前と後に、獣の為の塚を洗い、尊ぶ儀を行うように。…そうすれば奴らは現れにくくなるでしょう」 村長「(えっという顔で)現れ…にくくなる? か、完全ではないのですか?」 梅月「そりゃあ獣だって、食べられれば少しは恨みも残るでしょう。 (しれっと)私は大丈夫ですが。菜食主義なので。 …さ、アズマ帰りましょう」 アズマ「はい、先生」 村長「(なんだか納得のいかない顔で)…ありがとうございました、先生、それに…お弟子さんも」 【SE*ざっざっと道を歩く音】 梅月「…アズマ?」 アズマ「ふぇ…あ、は、はいっ」 梅月「どうしました? 浮かない顔ですよ」 アズマ「いえ…さっきの村長が、私のことを弟子だといっていたことが、気になって…。…私は、ヒトに見えているのですね」 梅月「ええ。普通の人間には、あなたが式神だとは見抜けない、ということです。よかったですね。貴方も人間の言葉遣いや立ち位置が体得できてきた、ということでしょう」 アズマ「よいこと、でしょうか(顔をあげ」 梅月「ええ。そもそも私たち術士が式神を人に似せて作るのは、こうして連れ歩いていても目立たせないようにするためです」 アズマ「…人間らしく…ですか。(俯きながら)…まだ…人間のフリは慣れません」 梅月「(さらっと)まあ、自分に無い物を理解することは難しいでしょう。とりあえずは、喜怒哀楽の表情を作る練習をしてみることですね。笑顔の模倣練習です」 アズマ「…はい、先生。…こ、…こうですか(棒読みでヒクヒクと引きつった笑いを浮かべ」 梅月「(ノーコメント、といった様子で)…ああ、…うん。…何事も修行ですよ」 【SE*木戸をがらりと開く音】 サイ「あ、おかえりなさいッス!」 梅月「ただいま、サイ」 アズマ「サイ、廊下を走るんじゃない(ぴしっと」 サイ「(むー、と口を尖らせ)早く梅月先生をお迎えしたかったんスよ!」 梅月「それはそうとサイ、柏餅は買ってきましたか?」 サイ「もちろんッス! …でも、何のためッスか?」 梅月「まあそれは後々…。(振り返って)…アズマ、護法本部(ごほうほんぶ)へ伝令を送ってください。…夜叉の村からの討伐依頼完了、正体は忌み狐と見たり、と…」 アズマ「はい、先生」 サイ「(待ちきれない、といった様子で)先生、今回の妖怪はどうだったッスか?」 梅月「どうといわれても、まあ、いい練習台ですよ。貴方にも、アズマにも、あれぐらいの妖怪が今丁度いい経験になるでしょうね」 サイ「あ、先生、羽織お預かりするッス! …(受け取りながら)んんー、羨ましいッス! 俺も連れて行って欲しかったのにぃ!」 梅月「(肩越しに) 先日の霧童子(きりどうじ)捕獲には連れていったでしょう」 サイ「見せ場が無かったッス!(きっぱりと)」 アズマ「サイ!(ぱしん)お前、先生になんて事を――」 サイ「えええ、なんで殴るッスか!?」 梅月「やれやれ、と…」 サイ「あ、先生、先生が出かけた後で、護法本部から指令が来てたッス」 梅月「読み上げてください。 …アズマ、お茶を」 アズマ「はい、先生」 サイ「えーっと、指令は2件ッス。 まずは、お隣の第5支部で封印の儀があるので、式神を1人派遣して欲しいとのことッス。あ、式神派遣ってこれ、俺かアズマのどっちかが――」 梅月「断りましょう(きっぱりと力強く)」 サイ「えええっ。…せ、先生、封印部と折り合い悪いんスか?」 梅月「いいえ全く!(半分キレながら) あのマジナイ術士達が会うたびに、『式神術士は、式神を扱うことしかできないじゃないか』などと言ってきたって、私、全然、なんとも、思ってませんから! 式神を扱えることが100のマジナイに打ち勝てるか、いっそその身に叩き込んで教えてやろうかとなんて、私、思っていませんしね!」 アズマ「さすが先生、心が広い…!(ぱぁっと顔を明るくして」 サイ「(焦った表情で)いやいやアズマ、絶対違うと思うッス! 先生、先生、そんなに茶菓子を握っちゃ駄目ッス! 粉砕してるッス!(あわあわと」 梅月「(落ち着いた様子で)…で、もう1つの指令はなんです?」 サイ「あ、ああ、そうッス。もう1つは討伐指令っす」 アズマ「討伐?」 サイ「そうッス。仇狐(あだぎつね)、って呼ばれてる巨大な化け物が、第10支部、第7支部の域で目撃された、けどどちらの支部でも仕留め損なったらしいッス。…で、方角的に第4支部…てつまり俺達ッスけど、ここに来る可能性が高いんで、今度こそ仕留めて欲しいそうッス」 アズマ「…化け狐を、2つの支部で逃した?(眉を寄せて」 サイ「珍しい事もあるもんス…」 梅月「ただの獣ではない、ということでしょう。…それにしても、また狐、ですか…(立ち上がり」 サイ「あ、先生、出発ッスか?」 アズマ「もう少し休まれてからの方が…(胸に片手をあて心配そうに」 梅月「いえ、その依頼…受けるには受けますが、出発はまだしません。…それよりサイ、柏餅を用意なさい」 サイ「へ? 柏餅、ッスか?」 梅月「…ええ、…裏庭の、墓参りをしなければ。 (少し優しい目をして)今日は、菊砂(きくすな)の命日でしょう?」 サイ「あ…!」 サイ「菊砂先生、俺梅月先生のところで元気にこき使われてるッスよ…」 アズマ「(サイの後頭部をはたき)死者への手向けに妙な事を言うな。 …それにしても、そうか、…この家にお前が来てもう1年なのか…。(隣の梅月を見上げ)…菊砂先生は、梅月先生のお友達なんですよね」 梅月「(頷き)ええ、私はかつて、藤水(ふじみず)という師匠の元で、兄弟子の白蘭(びゃくらん)、そして丁度同じ頃弟子入りした菊砂と共に、術士としての修行を積んでいました。…菊砂とは一人前の術士となっても、ずっと友でした。(目を伏せ)…その菊砂が…」 サイ「(サイにしては珍しく淡々と)あんな妖怪見た事無かったッス…。…黒い髪に、赤い衣…。…変な笛を吹いて、蛍みたいなぼやっとした光が浮かんで…それで…俺は一瞬で眠っちゃったんス…。…目が覚めたら、菊砂先生は…」 梅月「…大変強い妖怪のようですが、それほどのものが未だに護法本部に報告されていないのもおかしい」 サイ「先生。俺…あの妖怪の事や菊砂先生の事を思い出すと、なんかむずむずするッス。(梅月の方を見て、困惑した表情で)…式神がそんな事を感じるのって、なんか俺…変なんスかね?」 アズマ「当たり前だ。式神に感情はないだろう。(こちらも少し眉を寄せ)…ですよね、先生?」 梅月「…式神は主を慕う者ですから。人が持つ感情ではないにしても、それに近い忠誠心のようなものはあるでしょう。(優しく)…サイ、よほど菊砂を慕っているのですね」 サイ「はい! (慌てて訂正)…あ、で、でも今は、俺のこと引き取ってくれた梅月先生をもちろん慕ってますです! もちろんです! はい!」 梅月「…いつもの口調と違うようだが?」 サイ「あっ…い、いや、慕ってるッス!もちろんッス!はいッス!」 アズマ「お前…(その口癖は演技だったのか、と疑うような目で」 梅月「…(ふっと笑って)…まあいいでしょう。…今、貴方は私の式神です。菊砂への思いを大切にしなさい。しかし、私に使役されている事を忘れずに。…さ、もうすぐ月が昇るでしょう。…出かけますよ。化け狐を退治しにいかなければ」 アズマ「…あ、先生、次は私とサイのどちらがお供ですか?」 梅月「(頬に手を当て)…そうですね、今回は――」 (少し間をあけ) 【SE*ざくざくと砂利の上を歩く音】 【SE*びゅぉ、と吹く風の音】 サイ「先生、探知によればこの川辺が怪しいッス! …にしても、(はー、と声をあげ)でっかい橋ッスねー」 梅月「夜叉首(やしゃこうべ)大橋です。…女郎夜叉(じょろうやしゃ)、という古の妖怪の首塚でもあります。…負の気配に導かれ、此処まで来たのでしょうね、あの狐は…」 サイ「(はっと気づいた様子で)先生、橋の上に誰か居るッス!」 梅月「…行きますよ」 仇狐「…(ぼぉっと夜空を眺めながら) …その気配、術士か。…私を、殺しに来た者か」 梅月「残念ですがそうです」 仇狐「そうか。ならば、早くして欲しい。出来るだけ、早く」 梅月「仇狐。…貴方は話の分かる妖怪ですね」 仇狐「早く片付けてほしいのだ、術士よ。…私も、今は大人しくしていられるだろう。…だが…そこの子どもは式神か。…その子1人では、私を押さえ込めない。…死ぬぞ」 梅月「言っていることが物騒なわりには、…貴方、大人しいじゃないですか。(ぐっと視線を強め)…何が起こる?」 仇狐「(詩を詠むように)…起こるのは月。この夜は、月夜。…雲が晴れ…月の影が、あの森の木々をくっきりと映し出せば…ああ…私は、(息苦しそうに)…私でいられなくなる…」 サイ「な、なんだっていうんスか!」 梅月「…サイ、構えなさい。抑制の式を」 サイ「は、はい、押さえこむッス!」 【SE*しゃらん、と鈴の音】 仇狐「そうだ、それでいい…早くしろ……。(どくんどくんと動悸を感じながら)…ああ…月が昇る限り、避けられぬ事なのだ…。…ああ…私の中の恐怖が、私を、蝕み…私を、ああ、私、わたし、が、わたし、わた…わたし、あ……術士、よ…はや、く…ぐっ」 梅月「サイ、急いで!」 サイ「は、はいッス――って、うわあああああっ」 仇狐「(先ほどとは豹変した声で)触るな餓鬼がぁッ! …ああっ、あああ、あああああっ、ああ、奴、が、また、…また、私を襲いに来るのか…(絶望の表情で)…ああ、あああっ、私の、私の左目では飽きず、右目まで、奪いに、…お前か…お前か小僧、お前が、お前が奪いに、き、きたのか! わたしの右目を…!」 サイ「ってて、何を…こ、こいつ、何言って…さっきと全然様子が違うッス!」 仇狐「くっ…(びくっと震え、目を見開き、怯えながら)ああっ、あああああっ、あ、いや、だっ、来るな、来るなぁッ!(片手で空を薙ぎ払う)」 【SE*ごぉっ、という風の音】 サイ「…な、なんて妖気ッスか!」 仇狐「数多(あまた)…奴が、奴が、まだ、私を、追って、いるのか…! 来るなッ、数多、もう、私を、わたし、を、あああっ…ぐ…(大人しい声に戻り、しかし息を切らしながら)…術士ぃ…言っただろう…その、小僧ひとり、では…あああああっ、ぐっ…」 梅月「大丈夫です。私の式神ですから。…サイ」 サイ「はいッス! ――菊砂先生の命日に、かっこ悪いところ見せられないッス!…っだああああっ」 【SE*りん、と鋭い鈴の音】 仇狐「っぐううぅ…あああ…ああああっ、っふ、っふふ、ああ、小僧、よ、その、程度では、私を…滅すること、など…」 サイ「っぐぐ…お、抑えた、ッス! 先生!」 梅月「よろしい、――アズマ!」 【SE*ばしゃり、と水の跳ねる音】 アズマ「此処に!」 仇狐「なっ…もう、ひとり…いたの、か…っ」 サイ「(歯を食いしばりながら)は、早く…!」 梅月「(鋭く)アズマ、滅しなさい!」 アズマ「――はい!」 【SE*ばしゃり、とうねる水の音】 仇狐「ああああああああっ(胸をかきむしり、絶叫する)」 アズマ「っは…はぁ…(大きく息を吐く)」 サイ「ふーっ(大きく息を吐く」 仇狐「っぐ…式神…2人、か…強い術士だ…」 サイ「って、ええええっ!(驚いて2,3歩飛び退く) ま、まだ消えてないッス!滅したのに!」 梅月「大丈夫です。…もう、負の気配は消えていますから」 仇狐「…ああ…しかし…いずれまた…この身体には…負が宿る…。…滅してくれ、…術士よ」 梅月「その前に1つ…。…先ほど、負に支配されたお前が言っていた、数多とは、何か?」 仇狐「ふ…奴を思い起こそうとすれば…また体中を負がざわめく。…私の…左目を、奪ったものだ…。…ただの化け狐だった私は、…奴を喰おうとして…逆に喰われた。…木々の陰を奴だと怯え、…逃げに逃げ、惑ううち…負の感情が…月夜ごとに現れ…私ではない意志が、私を動かすようになった…。…術士よ…ぐ…はや、く…」 アズマ「…先生」 梅月「…いいでしょう、滅しなさい(静かに」 アズマ「はい(力強く」 【SE*ばしゃり、と水の音】 仇狐「っぐ…(大きく息を吐き)はぁ…。…(目を伏せ)手間を…かけたな…」 (少し間を空け) サイ「…今度こそ、消えたッスね」 アズマ「…そのようだな」 梅月「やれやれ。…2人を同時に討伐用に使役だなんて、私明日肩こりで動けないかもしれません。……さあ、帰りましょう」 アズマ「はい」 サイ「はいッス」 梅月「…そうだ、アズマ」 アズマ「あ、はい!」 梅月「…よく堪え(こらえ)ましたね。緊張感を持ってあの一瞬まで力を溜めること、…上手でしたよ」 アズマ「あ、ありがとうございます、先生!」 梅月「…それとサイは…」 サイ「はいッス!(目をキラキラとさせながら」 梅月「…(サイを見て)」 サイ「…先生?(首を傾げ」 梅月「…いえ、なんでもありません。(さくっと)…行きましょう」 サイ「えええええっ、な、なっ、お、俺…!」 アズマ「・・・ふん(ちょっと得意げに」 サイ「あ、アズマ、なんすかその顔はー!」 アズマ「別に、笑ってなどいないぞ」 サイ「いや、今笑ったって認め…あああ先生もー! なんなんスか!」 【SE*ざくざくと地面を歩く音】 【SE*木戸をがらりと開ける音】 梅月「…さて、アズマ。護法本部へ報告を。対象名仇狐、討伐終了と。…サイ、貴方はお茶を。茶菓子は…饅頭がいいです」 アズマ「はい!」 サイ「はいッス! …あれ、先生、羽織は…?」 梅月「いえ、いいです。…少し、裏庭で風に当たってきます。…それでは」 【SE*がらり、と木戸の閉まる音】 サイ「行っちゃったッス…」 アズマ「…まあ、いいから先生に言われた事を」 サイ「そうッスね。…えーと、饅頭は確かあっちの戸棚に…」 【SE*ざくざく、と地面を踏みしめる足音】 (少し間) 梅月「…菊砂、もう1年経ったんだな。…今日の妖怪は…なんだか、滅するのが不憫に思える奴でね。(墓石を撫でながら)…でも、サイはよく頑張ったよ。…お前の遺志を、しっかり受け継いでいる」 (少し間) 梅月「それにしても、…サイは驚くほどお前に似ているなぁ、菊砂。…時々、まだ修行中の頃のお前と見紛うことがある。(微笑みながら目を伏せ)…それが辛くて、サイを引き取った頃はあいつをまともに見れなかったが…。…一年も経てば、慣れるものだな。…あいつの成長が、俺は――」 サイ「せんせー! お茶沸いたッスー!」 アズマ「それと、新しい指令も届いてます!」 梅月「ええ!今行きます! …それじゃあな、菊砂。…また来るよ」 【SE*ざくざく、と地面を歩いて去っていく音】 【SE*木戸ががらりと開き、閉まる音】 終了 |