人ならざるもの達



キャラ表

(性別表記の無いキャラクターは、性別不問)


キャラ表

・梅月(♂)
・西(サイ/不問♂寄り)
・東(アズマ/不問♀寄り)
・鬼(♀)
・仕立屋(不問♂寄り)
・村長(♂)
・村人A(♂)
・村人B(♂)

以上8名


キャラクター設定

・梅月 通常以上の力を持った術士。
2人の見習い式神と共に暮らしていて、下界に下りていくのは数年に1度。
・サイ 見習い式神。多少ドジで不憫。
アズマにはよく「おまえ」や「あいつ」呼ばわりされている。
・アズマ 見習い式神。サイよりは優秀。
サイとは同等の力を持っている仲だが、あまり認めたくない。
・鬼 1つの事を追い求めるあまり、異形の姿になった化け物。
詩的な物言いをするが、ずる賢くもある。
・仕立屋 地方を回って服を仕立てている、というのは見せ掛けで、実際は邪道の術士。
過去に起こったことのせいで、梅月やサイからは嫌われている。




*備考*

性別一部反転版があります。
こちらです。

(あまりオリジナル版と変わりはありませんが、
鬼の性別を♂にした場合、後半の梅月の台詞が
「妹がいたよな」→「弟がいたよな」に変わるので、注意してください)



--------------------以下本文


【SE*雨の音】

梅月「…アズマ」
アズマ「はい」
梅月「雨戸を閉めてください。…部屋に、吹き込んできそうです」
アズマ「分かりました」
梅月「サイはまだ帰りませんか」
アズマ「道にでも迷っているのでしょう。…先生、あいつにお使い、ですか(眉を寄せ」
梅月「…急に、葛餅(くずもち)が食べたくなって…。…粉を買いにいかせました」
アズマ「(静かに)…先生は、気まぐれですね」
梅月「(さらっと)元からです…。(何かに気づいた様子で)…おや、…帰ってきましたか」

【SE*どたばたと廊下を走る音】

サイ「せっ、先生!」
梅月「(煩げに)どうしましたか」
サイ「お、鬼首(おにこうべ)の村で、事件ですぅ!」
梅月「……はぁ(そうですか、といった風に」
サイ「とにかく、至急来てくださいと、村長が!」
梅月「…で?」
サイ「…はい?」
梅月「…葛餅の粉は、どうしました」
サイ「え、そ、そんな暇無かったスけど…」
梅月「…やれやれ。…(すっと立ち上がり)下界は、あまり好きでないのですが…。…アズマ」
アズマ「はい」
梅月「羽織を」
アズマ「ただいまお持ちします(部屋を出る)」
梅月「…少し、見に行くとしますか。…(サイの方を見て)それで、何が起こったのですか、サイ」
サイ「…それが、自分もよく分からないんス…。…(手をぶんぶん振って)け、けど、なんか…墓地から死体が根こそぎなくなったらしいんス!」
梅月「……まぁ、それは…事ですね」
アズマ「(部屋の戸口に立ち)先生、紺と黒、どちらになさいますか」
梅月「黒で。…2人も出かける支度をなさい、…すぐに出ますよ」
アズマ「はい」
サイ「はいです!」

【SE*土の上をざくざくと歩く足音、3人分】

村長「あ、梅月(うめづき)先生…」
梅月「村長、…これは?」
村長「見たとおりです、…全部の墓穴が掘り返されて、…うっ…あまり…見れるものじゃ…うぅ…」
サイ「うぇえ…すげぇっス…」
村長「…う…見たとおり、…あらゆるところに投げ捨てられ…そして、遺体が全て盗まれました……ぅう…ご先祖様になんと言えばいいのか、…死体の盗人など…」
アズマ「これは、いつからですか」
村長「今朝起きたら、このように…。…一体残らず…ああ…酷い事だ…。…盗むだけでなく、…まるでゴミのように辺りに捨てていくなど…」
梅月「…なるほど、確かに…。…(目を凝らし)あれは腕、あれは目玉、…あれは脳髄…。…おっと、これは指か」
サイ「ひ、拾うんスか!」
梅月「…ふむ…」
サイ「眺めるんスか!」
梅月「…む…」
サイ「舐めるんスか!?」
梅月「…サイ、お黙り」
サイ「…はいっス…」
梅月「村長」
村長「は、はい(びくっとして」
梅月「(淡々と)この墓地に、死体の数は」
村長「古い墓地ですから……墓自体は、100…を超えるぐらいです」
梅月「(間をあけず)その中で、暴かれていない墓は」
村長「ありません。1つ残らず暴かれ、ばら撒かれ、1つ残らず無くなっております…。…墓地の奥の方はもう、口で説明など到底…(汗を拭い)」
梅月「(ふっとため息をつき)人も、死ななければ死体を奪われないというのに…」
サイ「難儀っスよね、人間」
アズマ「(しれっと)お前が言うとなんだか軽い」
サイ「な、なんスか!」
アズマ「別に」
梅月「サイ」
サイ「は、はい」
梅月「この村の出入り口から私の家への道、それから家の前の三叉路…。…ここまでの間の封印式が、…特に三叉路の封印式がどうなっているか、確認してきなさい」
サイ「あ、分かりました」
アズマ「(顔をあげ)先生、私は…」
梅月「アズマは、隣村へ行ってでもいいから、」
アズマ「はい」
梅月「葛餅の粉を調達してきてください。…あと、きな粉もだ」
アズマ「…はい」
サイ「えー、それなら俺が」
アズマ「(ツンとして)先生はお前に任せられないと言っている」
サイ「なんだと!」
梅村「2人とも、行け」
アズマ「はい」
サイ「はぁーい…  (アズマに向かって)ふんっ」

アズマ「いって参ります」
【状況*水がちゃぽんと消える音と共に消える】

サイ「いってきます!」
【状況*ちりん、と風鈴の音と共に消える】

梅村「…村長、昨日の晩のことを伺いますが…」
村長「は、はい」


村人A「なぁ、梅月先生って…なんか怖い人に見えねぇか?」
村人B「そうか?」
村人A「俺、あの人の姿見たのなんて何年ぶりか分かんねぇよ。いっつも、峠の小屋から降りてこねぇし、…飯も水も何もかも、全部手下の2人のどっちかに使いにやらせて…自分はずっと上にいやがる。…何か降りてこれねぇ理由でもあんのかね」
村人B「俺はむしろあの子分2人が不気味だ。…突然消えたり、現れたり、変な事言い出したり、不気味でしょうがねぇ…」
仕立屋「そりゃ、突然消えるのも現れるのも、人間じゃないからでしょうね」
村人A「人間じゃない?」
仕立屋「そうですよ」
村人B「なぁあんた、それってどういう――」
仕立屋「(村人を無視して、離れたところに居る梅月に向かって)お久しぶりですねぇ」
梅月「(毛虫を見たような表情で)…仕立屋か。…何故この村に?」
仕立屋「(梅月の態度を気にせず)偶然ですよ。…私は、あらゆる地方をめぐって服を仕立てる仕事をしている身――」
梅月「と言いつつ、仕立のフリをして怪しげな祈祷をばら撒く、非正当な術士だろう」
仕立屋「(首をかしげ)ふふ、貴方だって術士としては流派に従う正当な方でしょうけど…」
梅月「…なんだ」
仕立屋「いえいえ、いつも気になっていたんですけどね。…その人間の域を越えた力の源は、明らかに異端の力が――」
梅月「(遮って)まぁいい。…お前と関わっていい事があるわけがない」
仕立屋「いやいやいやいやそんなそんな…はっはっは。 (にこりと)…ワタシ、奇怪な事大好きでして」
梅月「(ふん、と鼻をならし)…そうか」
仕立屋「たまたま寄った村で、こんな奇怪な出来事に遭遇して…そして先生、名人芸のお手並みが見れるとはァ、…遠く湖を越えて来た甲斐がありました」
梅月「私は、お前の見世物のために居るわけでは――」

【SE*ちりん、と風鈴の音】

サイ「(突然その場に現れ)っと、と、わわわわっ」

【SE*びたんっと地面に倒れる音】
サイ「ってて…(腰をさすり)」
仕立屋「はは、相変わらず愉快な見習い式神をお持ちですナ」
サイ「…って、お前は仕立屋! (ばっと立ち上がり)あの時はよくも俺の栗饅頭を――」
梅月「(冷静に呼びかけ)サイ。…どうしましたか」
サイ「(はっと梅月に向き直り)あ、ああ、そうなんですぅ! 先生、三叉路の封印が壊れていました! ていうか、正確には壊れかけっス!」
梅月「…なるほど…。…妙なことが起こりつつある、ということですね…」
村長「…先生、一体誰が死体を掘り起こし、あんな風に…当たり構わず、投げ捨て、持ち去ったのでしょう…」
梅月「(目を閉じて)…否、その表現は間違っています」
仕立屋「(楽しそうに)と言いますとなんですかナ」
梅月「死体は、持ち去られたわけではない。…自ら動き、墓を暴き抜け出し、…(人差し指で1本の道を指し)あちらの道へ歩いて行った。…で、その道中、腐乱した部位が墓中に落ちて残った。 (しれっと)…ぼとりぼとりと」
村長「(2,3歩後ずさって)ひぃっ! し、死体が…動いた…!?」
仕立屋「そんな事が、あるものですか(含み笑いをしながら)」
梅月「(さらりと)通常は、ありえぬ事です」
村長「で、では…生き返ったのですか…あの、死体全部…!」
梅月「否、それもありえません。人は死んだら死んだだけ、死体は死体以外の何者でもない。…であるならば…死体を動かし遊んだものがいる」
サイ「…あ!(気づいたように) 三叉路!」
梅月「…そう、峠の上の私の家の前にある三叉路は、あの世、私の家、この世の3つを繋ぐ道。向こうの世界のものが悪戯悪さをしないよう、普段は鍵をかけてあるが…」
サイ「壊れてかけてたんス!」
梅月「…難儀なことです。封印式が弱まったか…。…何か理由があるような気もするが、そこまではまだ詳しく分からない。……兎にも角にも、1度家へ帰らなければならない。…封印式の直しと、悪戯をしたものの正体を見なければ…」
村長「あ、あの、先生…。…死体、は…。…死体は、どこにあるのですか…」
梅月「…恐らくは、峠の向こう。…あの世とこの世の限りない境目に、悪戯の本人と共に居るかと思われます」
村長「ああ、そんな…。…ちゃんと戻ってくるでしょうか…」
梅月「戻しましょう、…術士として、このような悪事を放ってはおけません。…サイ、先に帰って封印式にこの人形と札を」

【SE*懐から紙をぺらりと出す音】
サイ「はいです」
梅月「気休めですが、今晩までは持つでしょう」
サイ「行って来ます!」

【SE*ちりん、と風鈴の音】

梅月「それでは村長、また御会いしましょう」
村長「は、はい…」
仕立屋「ふふん、ごきげんようー(ひらひらと手を振り)」
梅月「…(ふんと鼻をならし)」


【SE*ざくざくと土を踏む音】
サイ「あ、お帰りなさいっス!」
梅月「サイ、どうですか」
サイ「壊し方が尋常じゃないんス。引きちぎったって感じで…。…明らかに邪の気配がするんスけど、下級妖怪じゃこんな事できないですよぉ…」
梅月「私の封印を看破するぐらいですから、下級ではないでしょうね」
サイ「お、俺、そんな…まだ見習い式神なのに、下級妖怪以上の妖怪なんて、相手できるんスかね。…と、取り込まれたりしたら、なんて、そんなの想像するだけで、うわあああってなるんス…」
梅月「強い心を持つには、修行と、そして経験が必要ですよ。 (何かに気づいた様子で1歩身を引く)…っと」
サイ「あ」

【SE*水がちゃぽんと落ちる音】
アズマ「ただいま帰りました、先生」
梅月「くずの粉は」
アズマ「こちらに」
梅月「では、作りますか」
サイ「えっ、封印式は!? あっちの世界に行って、死体を追いかけないんスか!(道の先を指差しながら)」
梅月「今はまだ真昼です。…死体が動くのも、それを動かせるのも、またそれを動かせる相手が動けるのも、夜の内が限界でしょう。月が無ければ動くこともできない。…その間に葛餅を作ります」
サイ「なんで葛餅を?」
梅月「食べたいからです(きっぱりと」

【SE*こと、と木製の容器を置く音】
梅月「…さて、こんなものですか。…貴方達も食べるでしょう」
サイ「いっただきまーす」
アズマ「少しは遠慮をしろ」
サイ「ええー、なんでだよー」
梅月「さ、アズマ」
アズマ「頂きます」
梅月「サイ、お食べ」
サイ「はーい、いただきまーす」
梅月「それとこれは私の分…」
サイ「…あれ、四皿…? …先生、この一皿はなんスか?」
梅月「これですか。…これは…私の友の分です」
サイ「(ごくん、と葛餅を飲み込み)…とも?」
梅月「ええ。…食べたら、裏庭へ行きましょう。…そろそろ、雨も止むでしょうし」

【SE*ざくざく、と土を踏む音3人分】

梅月「(しゃがみこんで)菊、…今日は葛餅を作ったよ。…お前の為に、甘みは少なめにしたからね」
アズマ「小さな祠(ほこら)ですね」
サイ「俺それいっつも気になってたんス」
梅月「彼は死んだわけではないですから、墓石を立てるわけにも」
サイ「死んだわけじゃない?」
梅月「ええ。死んだわけではないけれど、もう居ない。…でも、葛餅は好物だったから、思い立って作ったときには持ってきてあげているのです」
アズマ「人間の方、ですか」
梅月「いい問いかけですね。…そう、人間で、尊い術士でした」
サイ「でした、スか」
梅月「そう」
アズマ「では今は何に?」
梅月「…式神となり、私の中に」
アズマ「えっ」
梅月「ここに眠る彼は、菊砂(きくすな)は、共に修行をする仲間でした。そして共に学ぶ内に、人間の域を越えた術士になる事を目指し、入っては行けない領分へ足を踏み入れた。…結果、2人とも魂の定まらない不安定な存在となり、この世とあの世の境目で、七十七日苦しみました。…その中で私は残された力を振り絞り、彼の魂を式神として契りを結び、私の中へ納めた」
サイ「…そ、それで?」
梅月「私の魂は強化され肉体に戻り、この世に留まりました。…けれど、菊砂の魂は私の繋ぎとなった。…彼自身の概念は、無くなってしまった。…彼は私の中に居ますが、もはや彼自身の意識は無い。…私の中で、眠っているのです」
アズマ「それで、人間ではなくなったと…」
梅月「…それからの私は彼という式神を自らの中に取り込んだため、人の域を越えた術士となり、ここに留まることを許された。皮肉なものです」
サイ「…この人が居なかったら、先生が俺たちと契約することもなかった」
梅月「そうですね」
アズマ「人が、人ならざるものになった…」
梅月「たびたび、起こる事ですよ。…この世は、不可思議と奇怪に満ち溢れているのです。菊砂も私も、人ならざるものと対峙する道に入った以上、覚悟はしていたはず。…けれど…」
サイ「けれど?」
梅月「菊砂を失ったこと、私も死に掛けたこと、それはよいのです。…しかし、…菊砂の家族や他の真っ当な友人の事を思うと、…彼だけが失われ、私だけが生き残った事は、なんとも歯痒いことです…」
アズマ「先生…」
梅月「(静かに)…さ、そろそろ家に戻りましょう。…今夜の為、支度をしなければ」

【SE*障子を開ける音】
アズマ「先生、お風呂の準備が…」
梅月「ええ、行きます」

【SE*水をざばっとかける音】
【SE*桶を床に置く反響音】
梅月「…(ふっと息を吐き)菊砂…君は今、何を望んでいますか」


【SE*ざくざく、と野菜をきざむ音、何かを洗う音】
サイ「俺達にも、人の心って分からないんスかねー」
アズマ「何を言っているのですか」
サイ「いや、なんとなく…」
アズマ「(きっぱりと)私達の中に感情はありません。術士が望んだ、人らしく見せるためのまがい物です。本物にはならない」
サイ「じゃあ俺達って、どういう存在なんスか?」
アズマ「そんな事を考える暇(いとま)などありません。私達は、契約した主の言霊と命令に従って生きている」
サイ「所詮は、術が解ければ紙の札、って事っスか…」
アズマ「そういうことです。…私達は、人間にはなれない存在です(言い聞かせるように)」

【SE*がらりと木戸が開く音】

梅月「アズマ、サイ、片付けが終わったら昨日の続きから縫い始めましょう」
アズマ「はい」
サイ「はいです」

【SE*ぱちぱちと火がはじける音】
梅月「…そう、丁寧に縫うことが大事です、…ああ、そこは左手を動かさず、針の方を動かす風に――おや」
アズマ「…(何かに気づいた様子で)先生」
梅月「…来たようですね。…アズマ、サイ」
アズマ「はい」
サイ「はい」

【SE*がらりと木戸を開ける音】

【SE*砂利の上を歩くたくさんの規則的な足音】
サイ「なっ! なんスかあれ! 人間が松明持って歩いて…10、20、50? 一体何人来てるんスか!」
アズマ「落ち着けよく見ろ! …全員、亡骸だ」
サイ「じゃ、じゃあ――」
梅月「今朝居なくなった村人達です」
サイ「(その場でじたばたと)ああああああっ、あとほんの少しでこっち来ちゃいますよぉ! 村に下りていかれたら…!」
アズマ「(少し焦った様子で)先生、止めなくていいのですか」
梅月「彼らを縛っても何の意味もありません。 …それより2人とも、準備をなさい。…この三叉路を越えるには、操っている本人が出てきてこの術式を解かなければならない。 ――ほら、来ました」

【SE*ゆっくりと砂利を踏みしめる音】

サイ「人間…それに、女…!?」
アズマ「いや、普通の人間とは何か違う……って、先生?」
梅月「(凛とした声で)こんばんは」
鬼「(夢見心地に)こんばんは…よい月ですね…。…あの月を見上げていますと…なにやら、私の目玉も垂れ流れそうで御座います… (梅月に目を合わせ)…こちらの門番の方ですか」
梅月「門番などではありません。…この峠に住むものです」
鬼「うふふ、ふふ、それは、それは、奇妙な方、ふふふ。…お名前は?」
梅月「名乗らずともよいでしょう。…それより、貴方は人間ではない。…鬼ですね」
サイ「鬼!?」
鬼「…それがそうとなるかは、私の知るところではありませぬ…」
梅月「いいえ、人の姿をしてはいますが、貴方は明らかに道を踏み外した者。ヒトではない」
鬼「(ふっと笑い)…私だってかつては、人だったのです…。…追い求めるものを這いずり回って追いかけたらば、身体についた泥がとれなくなり、血が自然と染み付くようになり、…人の肉の味を、覚えるようになったのです」
アズマ「…鬼…」
梅月「哀れですが、同情などしません」
鬼「されなくとも哀しくなどありませぬ。私の心は何も変わらず日々穏やか。…詩を詠むこと、唄を謡うことが好きな、ただの人…」
梅月「残念ながら、この三叉路から向こうでは、死人を操ることが出来る者のことをヒトとは呼びません」
鬼「…ふふ、貴方さま、何か勘違いをしていらっしゃる」
梅月「勘違い、とは」
鬼「あくまであくまで、私はただの無害な生き物。…後ろのあれは、物騒なものにあらず、ただの手土産に御座います…」
アズマ「お前、何を言っている…」
鬼「そう、私のお兄様への大事な手土産。…私はお兄様に、ここだ、ここだ、と導かれて此処にやってきたのです…」
アズマ「導かれた…!?」
梅月「…屍を集め我が物としたがるのは、鬼の性分…」
鬼「ふふ、鬼より鬼にお詳しいので御座いますね」
梅月「まだ集め続ける気ですね」
鬼「…この赤い衣が、見るも無残なほど赤くなるまでは。 (ふっと顔をあげ)…通して頂けますでしょうか」
梅月「――いいえ、ここから先の世界は、貴方は本来足を踏み入れてはならない世界のはず。…ここで止めます」
鬼「…ああ…面倒なことは、私を憂鬱にさせるのです…」
梅月「止まりなさい」
鬼「ふふ、うふふ、もう私は、止まらないのです」

【SE*沢山の足音、呻き声】

サイ「うわああっ、屍がこっちに!」
梅月「アズマ、村人を式に閉じ込めなさい!」
アズマ「はい!」
梅月「サイ、鬼に縛りの式を!」
サイ「はい!」

【SE*鈴の音、鎖の音】

鬼「(苦しげに)くぅっ… (苦しみながら)…ふふっ…ふふふっ…」
サイ「っ…! なんて力っスか…! …全然、抑えこめないっ…!」
梅月「サイ、完全に抑制しなければ、魂を一部でも残せば全て無駄になります!」
サイ「は、はいっ!」
鬼「(息も絶え絶えに)はぁっ…苦しい…。ねぇ、苦しいです…ふふっ…貴方、もう…やめてください…!」
サイ「っく…!」
梅月「サイ、聞いてはいけません」
鬼「(大げさに続ける)ああ…やめてください、苦しい…。…お願いです、私はお兄様に…ほんの少し、会いたい…だけ…。……ねぇ、お願いです…くるしい、苦しいっ…(サイへ手を伸ばし)」
サイ「…先生…」
鬼「ああ…坊や…苦しいんです…痛い…。…なぜ、どうしてこんなことを…? …助けてください…。あなたにも、人の心が…あるでしょう…?」
アズマ「サイ! そいつの声を聞いては――」
サイ「…先生」
梅月「サイ?」
サイ「…先生、俺は大丈夫です。絶対に、惑わされない!(ぐっと力をこめ)」
鬼「ああ…やめて、やめてぇっ…」
【SE*きぃん、と高い音】
サイ「よし、押さえ込んだ! (鬼を見据え)…先生、言霊を!」
梅月「よろしい、滅しなさい」
サイ「はい!」

【SE*一際大きな鈴の音】

鬼「あああああああっ(絶叫)」


サイ「(息を荒くして)…はー…つ、疲れた…」
アズマ「…サイ」
サイ「な、なんスか」
アズマ「やるじゃないですか」
サイ「…ど…どもっス(複雑な表情で) …あー、その…なんスか。えっと……そう、先生、あの鬼ってなんだったんスか? …なんかすごい力…でしたけど」
梅月「…アズマ、空間移動術、まだ使えますね」
アズマ「え、はい。あと1回ぐらいなら…」
サイ「あれ、え、先生、無視っスか」
梅月「…では、村人の亡骸を村の墓地へ返してください。(サイの方を向いて)…サイ、家で休みなさい」
サイ「は、はいっス」
アズマ「先生は?」
梅月「私は…お茶を淹れます。…飲みたいので(きっぱりと)」
サイ「そ、そうスか」
梅月「ええ、飲みながら…貴方の疑問に答えましょう(くるりと向きを変え家へ歩き出す)」


サイ「えっとそれで、先生…」
梅月「なんでしょう(ずず、とお茶を飲み)」
サイ「あの鬼は、元々人だったんスよね。…どうして鬼になったんスか?」
アズマ「それと、あの鬼が呼ばれていたっていう、「兄」って…なんなんですか?」
梅月「…そうですね、ある日突然人が鬼になる、ということはまずありません。何かを渇望するうちに、鬼に限りなく近い存在となったのでしょう」
アズマ「鬼に限りなく近い存在?」
梅月「ええ。…そしてそこに、鬼になるであろう要因が与えられた。…それで、人間の領域から抜けてしまった」
サイ「その要因って、なんスか?」
梅月「例えば祈祷の道具、或はなんらかの下級妖怪の死骸の一種、邪気を発する土地に関係するもの、様々考えられますが…。…邪悪な者が念じながら織り込んだ衣、などもその要因となりえるでしょう」
サイ「…邪悪なものが念じながら織り込んだ衣…。…鬼が着てた、あの赤い衣のことっすか? …でも、そんなの誰が…」
アズマ「まさか、仕立屋…?」
サイ「あああっ そ、そんな、まさかっス!」
梅月「まぁ、十中八九、そうでしょうね(ぱりぱり、と煎餅を食べ) …あいつならやりかねません。自分が施した術の結果を見物にでもきたのでしょう」
サイ「じゃあ今すぐ下界に行って――」
梅月「多分もう居ないと思います。…私も、早く気づけばよかったのですが…」
アズマ「私たちがもっと強い術式を使えれば…」
梅月「まぁ、あれは外道なりに強い術士ですから、もう少し修行を積まなければならないでしょうね」
アズマ「はい。…それと先生、…鬼の言っていた、兄については…?」
梅月「…それですか…。…それについては、ある程度の考えはありますが…」
サイ「あるんスか!」
梅月「…まぁ、全てはただの推測です。…それよりも、2人のどちらかでよいのですが」
アズマ「はい」
梅月「明日の朝、わらび餅の粉を買ってきてください」
サイ「…えっと先生、それはどうして…」
梅月「食べたいからです(きっぱりと」


【SE*スズメの鳴き声】

【SE*障子を開ける音】
梅月「おはようございます」
アズマ「先生、おはようございます」
梅月「…サイは?」
アズマ「昨日頼まれたお使いに」
梅月「なるほど」
アズマ「あ、先生どちらに?」
梅月「…少し、裏庭に。…雑草でも抜いています」

【SE*ざくざく、と土を踏む音】

梅月「…おはよう、菊砂。…昨日は、少し大変だったけれど…。…まぁ…よかったよ。……なぁ菊砂…」
(少し間を開け)
梅月「…お前、確か妹が居たよな。…自分の修行の為に故郷に残してきた妹が居る、って、そう言ってたよな。……なぁ、まさか、な…。…もしそうだとしたら、俺は…昨日…」

【SE*ざくざくと土を踏んで歩く足音】

アズマ「先生、サイが帰りました」
梅月「…ああ、今行きます」
アズマ「…先生、どうかしましたか」
梅月「…いいえ。…(ふーっとため息を吐き)私時々、人間などでは居たくないと、そう思うときがあるのです」
アズマ「…それは…」
梅月「妙な考えでしょうね(自分に言い聞かせるように)」
アズマ「……少し、羨ましい考えです」
梅月「…そうですか」
アズマ「ええ」
サイ「先生ー! おまたせしましたー!」
梅月「(ふっと肩の緊張を緩めて)…お茶、淹れますか」
アズマ「そうですね」



【SE*ざくざくと土を踏んで走る足音】

【SE*障子を閉める音】
inserted by FC2 system