それぞれの隠し事 全員男版


キャラ表

アヤメ(♂)
ヤエ(♂)
ヒカゲ(♂)
キキョウ(♂)


キャラクター設定

・アヤメ 喜怒哀楽の明確な少年。
最初から最後まで常に「動」
・ヤエ アヤメの世話係。アヤメに対しての感情は、他の人物に比べて柔らかい。
最後の懺悔のシーンのみ、「動」
・ヒカゲ 感情の起伏を表に出さないよう努めている。
前半から後半にかけて、「静→動」という感じで。
・キキョウ 感情を常に微笑の形で表している。
最初から最後まで常に「静」




*備考*
感情を昂らせる演技の為の脚本として書きました。
それぞれのキャラクターで昂らせ方が違うので、↑の設定を参考にしてください。






--------------------以下本文



【状況:アヤメの寝室。布団に入ったままぐっすりと眠っているアヤメ。その部屋の中へ、ヤエが忙しそうに入ってくる】

ヤエ「(アヤメの枕元に膝をつき)おはようございます、アヤメ様」
アヤメ「…んー…うん…(眠たげに)…ねぇ、ヤエ。…またあの方の夢を見たよ?」
ヤエ「そうですか、それはよかった」
アヤメ「うん、…幸せだったなぁ…(ぼぅっとした表情で」
ヤエ「(枕元に積まれた本を見て)…アヤメ様、また、夜遅くまで読書を?」
アヤメ「ううん…(ゆるく首を振って)…本は早く…切り上げて…それで、…布団に入ったけれど…眠れなくて…ふわ…(気だるそうにあくび」
ヤエ「いつもの考え事ですね?(少し呆れ顔)…隈が出来ていますよ?」
アヤメ「…うぅん…(目をこすり)」
ヤエ「そんなお顔、ヒカゲ様にどうお見せするんです」
アヤメ「…ねぇ、ヤエ…。…僕、なんていうか…1日寝ていたい気分…。…退屈、なんだ…(布団にぱたりと倒れる」
ヤエ「…ふぅ…」
(ヤエ、部屋を出て行き、そしてすぐに戻ってくる)
ヤエ「本当は、朝食後の落ち着いた時にお見せしようと思っていたのですが、(再びアヤメの前に膝を折って座る」
アヤメ「え?(首を傾げる」
ヤエ「ほら(少し微笑み、持ってきた封筒を差し出す) …宮野様からの、お手紙です――」
アヤメ「(ヤエの言葉を遮りって、これ以上無い程嬉しそうに)これは…! (差し出された手紙を奪い取るようにして手に取り) 本当だ! あの人からの手紙…!」
【状況:アヤメ、嬉しそうに封筒の宛名部分を見つめ、笑う】
アヤメ「(ふっと何かに気づいた様子で) …兄様…には…?」
ヤエ「(首を振り)言っておりません」
アヤメ「ヤエ、ありがとう! (封の部分に指をかけ)じゃあ、さっそく――」
ヤエ「いけません(きっぱりと) …朝食の後でも、よろしいでしょう?」
アヤメ「いやだ! 1秒でも早く読みたい、あの人の字を見たいんだ!」
ヤエ「手紙は逃げません、…それに、早く行きませんと、ヒカゲ様がご心配を…」
【足音】
キキョウ「アヤメさぁん、アヤメさぁん」
アヤメ「兄さんだ!(慌しく封筒を布団の下へ隠す)」
【状況:キキョウが襖をからりと開けて入ってくる】
キキョウ「アヤメさん、ヒカゲさんが待ってるよ」
アヤメ「は、はい、今すぐ参ります」
キキョウ「おやおや、君、まだ着替えても居ないの? お寝坊さんだねぇ(からかう様に笑い」
アヤメ「ご、ごめんなさい…」
キキョウ「すぐに着替えてらっしゃい、あまりヒカゲさんを待たせると、どうなることか分からないからねぇ(クスクスと笑いながら去っていく」
アヤメ「は、はい……(キキョウが遠くへ行ったのを確認してから)…はぁ、キキョウ兄さんはいつだって笑い事じゃないことを笑い事みたいに…。……早く…着替えないと…」
ヤエ「私は先ほどからそう申しておりますのに」
アヤメ「…はーい(あまり納得していない様子)」


【状況:朝食の席 ヒカゲとキキョウが既にいる。そこに、アヤメが飛び込むようにして入ってくる】

アヤメ「お、遅れましたっ」
ヒカゲ「遅いね、アヤメ(静かな口調で」
アヤメ「あ、に、兄さん……すみません…!」
ヒカゲ「寝坊かな?」
アヤメ「え、ええ、と…(言い訳を考え、やめて)…は、はい、そうです…」
ヒカゲ「そうか、…朝食には、きちんと間に合うように起きなさい」
アヤメ「は、はい…あ、あれ…(配膳を見て、恐る恐る)兄さんは食べないのですか?」
ヒカゲ「もう、食べ終わったんだ。…今日は早朝から活動していたからね」
キキョウ「ふふ、私が起きてきたときには、もう食べ終わってたものねぇ。そこからずぅっと、アヤメを待ってたんだよねぇ」
アヤメ「あ、あぁ、す、すみません…(もじもじと自分の席に座る)」
キキョウ「(クスクスと笑って)さて、じゃあ頂きましょうか」
アヤメ「は、はい、頂きます…」
ヒカゲ「…父さんも母さんも長期の仕事で家に居ない今、一家の主(あるじ)は俺なんだ。…主たるもの、家族の食事の場に居る義務がある、と俺は思っている」
アヤメ「(食べながら)は、はい…」
ヒカゲ「だから、俺はアヤメが来るのを待っていた。…キキョウもアヤメも、父さんの留守中、きちんと俺に従うように。二人とも、大事な弟である以前に、俺の家族の一員なのだから」
アヤメ「はい…(俯いて」
キキョウ「はぁい。…そういえば、お父様がおうちを空けて、今日で2週間になるんだねぇ…。…ヒカゲさんの独裁政治も、あと半年なのかぁ」
ヒカゲ「キキョウ、独裁政治なんて言い方はやめなさい」
キキョウ「ふふ、はぁい(クスクス笑いながら」
アヤメ「…兄さん、今日はどこかへお出かけをしますか…?」
ヒカゲ「ああ、11時から約束がある。…それが何か?」
アヤメ「あ、いいえ…(ぱっと俯く)」
キキョウ「ふふ、鬼の居ぬ間に何かしたいのかなぁ、アヤメさんは(クスクス笑いながら」
アヤメ「そ、そんなっ(首を振って)そんな事ありませんっ、ただ、ただ…(必死で言い訳を考え)…あの、僕のせいで、何か午前中の予定が潰れたとしたら、そうだったら、申し訳ないなって…、そう思って…(そろそろと顔をあげ、ヒカゲを窺う)」
ヒカゲ「…アヤメ(軽く微笑み) 優しい子だね、ありがとう。…さ、早く食べてしまいなさい」
アヤメ「は、はい…」
キキョウ「ふふっ(2人のやり取りを見て口元を手で隠し笑う) アヤメさん、何か嬉しそうだねぇ」
アヤメ「え? ええ、まぁ…(幸せそうな笑みを浮かべて」
キキョウ「よかったねぇー(クスクスと笑う」

【状況:朝食が終わり、廊下へ出るアヤメ。その後をキキョウがさりげなく追う】
キキョウ「アヤメさぁん」
アヤメ「あ、はい、何ですか?」
キキョウ「ふふっ、特に用事じゃないんだけどさぁ、…さっき言ってた嬉しいこと、何なのかなぁ、って…気になってね?(微笑みながら首を傾げる」
アヤメ「え、いえ、あの・・・(髪を撫でたり弄ったりしながら、俯く」
キキョウ「気になるなぁ、教えて?(アヤメの顔を覗きこむように」
アヤメ「ええ、え、いえ、そんな、面白いことなんか、ないですから…(眉を寄せて困った表情で」
キキョウ「ふぅん…(ふっと覗き込むのをやめ、どこか遠いところを見ながら、何でもない事のように)私はね、嬉しいんだ」
アヤメ「えっ?」
キキョウ「アヤメさん、元気が出てきたみたいで」
アヤメ「僕が?(胸に手を当てる」
キキョウ「そう。…アヤメさん、あーんまり元気なさそうだったからねぇ…。お父様と、それからヒカゲさんに、…ていうか、主にヒカゲさんに、宮野さんと絶交させられてからぁ、もう何ヶ月になるかなぁ?」
アヤメ「…えっと、…もう覚えてないです(嘘をつく」
キキョウ「…(何かを考え)ヒカゲさんは、貴方の将来の事をあーだこーだ考えて、ああいう事にしたんだよねぇ。…あんまり、恨まないであげて欲しいなぁ。…でも、そんな事言わなくても大丈夫そうだねぇ、…嬉しいこと、あったんでしょ?(無邪気に微笑む」
アヤメ「ええ、もちろん!(言いつつ、嘘の罪悪感から目線をキキョウより外し、遠くへ)」
キキョウ「ふふ、…で、こぉんな感じで私は心配してあげてるわけですからぁ、…ちょっとぐらいは詳しく聞かせて欲しいなぁ、アヤメさん」
アヤメ「えっ、えぇ、そ、そう繋がるんですか?(驚いた表情で」
キキョウ「当たり前。…で?(少し迫る」
アヤメ「え、ええ、っと…(少し考え)あ、あの、…えっと、好きな人から、お、お手紙、が…」
キキョウ「おや、…(一瞬表情を固め、しかしすぐに消し)…良い方なのかなぁ?」
アヤメ「ええ、とても」
キキョウ「ヒカゲさんも認めてくれそうな子?」
アヤメ「…ええ、きっと(ぐっと服を握り」
キキョウ「…そう、よかったねぇ。 …それにしても、お手紙、かぁ…。(少し目を伏せ)…じゃあ、あのバカはまだそぉんな事を続けてるのかぁ…」
アヤメ「…あのばか?」
キキョウ「ふふ、とぉんでもないおバカな人に心当たりがあるんだぁ」
アヤメ「へぇ…? あの、それってどんな――」
キキョウ「(アヤメの発言を遮り)ふふ、それにしても、面白い話聞けちゃったなぁ。…あ、もちろんヒカゲさんには言わないから、安心してねぇ」
アヤメ「はい、ありがとうございます」
キキョウ「んー、と(少し伸びをして) ふふ、それじゃあねぇ、私はなにか甘いもの探しにいこうかなぁ、と(軽い足取りで去っていく」
アヤメ「…(去ったのを確認して)…ふぅ、なんだか気ぃ使った…。(腕を組み)…でも、お手紙をもらった、ってぐらいなら、言っても平気だったよね…多分」
【状況:独り言を言って、その場からてくてくと去っていくアヤメ】

【状況:家の庭。縁側で足をぶらぶらさせているアヤメと、庭の花に水をやっているヤエ】
アヤメ「んー…なんでヒカゲ兄さんは、キキョウ兄さんには甘いんだろう…」
ヤエ「甘くなんてありませんよ、先日キキョウ様が門限を破って夜遅く帰ってこられたとき、ヒカゲ様がどれだけ激怒しておられたか」
アヤメ「うん。…でも、なんだか僕よりは絶対に甘く接していると思うんだ」
ヤエ「そんなこと、ありません。…それより、あの方からのお手紙はいかがですか?」
アヤメ「(楽しそうに起き上がり)ああ、それはもう! …異国の地がいかに恐ろしい場所か、そして面白い場所か、どんなものを見て、何が愉快だったか、沢山の事を書いてくださっているんだ。…それに、それに…」
ヤエ「…それに?」
アヤメ「…は、恥ずかしいよ(顔を赤らめ」
ヤエ「そんな、気になりますよ(ほぐれた表情で)」
アヤメ「…えっと…その…。…(小さく早口で)…僕の事を、大切に想っているって…」
ヤエ「…よかったですね(微笑み」
アヤメ「…うん!(満面の笑顔で) なんて返事しようかなぁ…。…ヤエ、また一緒に考えてくれる?」
ヤエ「構いませんよ」
アヤメ「ありがとう、いつも書きたい事だらけですごく時間がかかっちゃうから、助かってるんだ」
ヤエ「そんな事ぐらい、いくらでも。お安いことですよ。…アヤメ様の為なら、いくらだって(少し含みのある言い方で」
アヤメ「(特にヤエの言い方に違和感を覚える様子もなく)うん、ありがとう」


【状況:ヒカゲがゆっくりと歩いてやってくる】

ヒカゲ「アヤメ」
アヤメ「(びくっと肩を震わせ)は、はいっ」
ヤエ「ヒカゲ様…(驚いた表情で)」
ヒカゲ「どうしたんだい、そんなに固くなって」
アヤメ「いいえ…」
ヒカゲ「そうか(特に気にした様子もなく) …それより、アヤメ。…この間貸した本があっただろう?」
アヤメ「ええ、とても楽しく読ませていただきました」
ヒカゲ「よかった。…その本なんだが、間に挟んでいた押し花の栞があったと思うんだが…」
アヤメ「ありました、綺麗な赤いお花の…」
ヒカゲ「そう、あれは実は友人からもらったものだ。うっかり挟んだままお前に貸してしまったが、それを今日返しにいこうと思ってね。…部屋に、あるだろう?」
アヤメ「あ、はい、あります」
ヒカゲ「そうか、それじゃあ取りに行くよ」
【状況:ヒカゲ、廊下の奥へ去っていく】

アヤメ「びっくりした…。振り向いたら居るんだもの…。…兄さんって忍者みたい」
ヤエ「そんな事を聞かれることの方を心配してください(苦笑して)」
アヤメ「それにしても、よかった。…あの栞が、兄さんの私物じゃなくて」
ヤエ「はは…」
アヤメ「…(ふと、何かに気づいた様子で)…待って、…だめだっ!(ばっと立ち上がる)」
ヤエ「どうしました!?(驚いてジョウロをその場に置き」
アヤメ「あ、あの本が閉まってある近くに、…今まで頂いた手紙の束を…!(部屋に向かって走り出す」
ヤエ「なんですって!」

【状況:アヤメの部屋の前】
アヤメ「に、兄さん、待って!(襖をパンと開ける」
【状況:部屋の中央に正座しているヒカゲ。その近くには、何十通もの手紙が散乱している】
ヒカゲ「…ああ、アヤメ…(ゆっくりと何よりも静かに」
ヤエ「ヒカゲ様…(アヤメの後ろで立ち止まり」
ヒカゲ「…これは、どういうことかな」
アヤメ「それは、違…あの、間違い…(おろおろと」
ヒカゲ「間違い?」
アヤメ「そ、そう、間違い、なんだ…あの、違う、僕宛じゃなくて…」
ヒカゲ「…アヤメ、俺はそんな答えを聞きたくはない(静かに、間をあけて)  ……どういうことかと、聞いているんだ!(怒鳴る」
アヤメ「あっ…ごめ、ごめんなさい…!」
ヒカゲ「(何通かの手紙を乱暴に掴み、立ち上がりアヤメに向かう)全部、全部全部全部、あの男からの手紙じゃないか。説明しろ、どういうことだ(語気を荒く」
アヤメ「違う、あの、違うんだ、それは昔の手紙だから、あの」
ヒカゲ「半分は、ここ一ヶ月のものだ! アヤメ、俺に嘘をつくな」
アヤメ「ご、ごめんなさい…!」
ヤエ「ヒカゲ様、アヤメ様は貴方を騙していたわけでは――」
ヒカゲ「煩い、黙れ!(ヤエを睨みつけ) アヤメ、何故だ、何故嘘をつく。何故俺に隠し事をする。何故あの男からの手紙を受け取る。返事は出したのか、何を書いた、何と送った、言え、言うんだ」
アヤメ「何も送っていません!(必死で」
ヒカゲ「嘘だ、それは嘘に違いない。嘘をつくな、何度も俺に言わせるんじゃない、アヤメ。俺を騙していたと言え」
アヤメ「ついてない…嘘なんて、ついていません!(涙を目に滲ませながら、手を震わせて」
ヒカゲ「今までずっと、ついていたじゃないか! 俺は、お前が言った「あの男の事は忘れる」という言葉を信じた、ずっと信じてきた。お前が言った「兄さんのいう事は正しかった」という言葉も、それに、これからは俺のいう事だけを聞く、という言葉も、全部俺は信じた、なのに何故嘘を言う、今もまた嘘をつくのか」
アヤメ「違う、違います…!」
ヒカゲ「よくもこれだけ隠したな、アヤメ。…お前は郵便箱の鍵を持っていない。…ということは、ヤエか…(ぐっとヤエを睨みつける)…お前だな、お前がアヤメに手を貸して、あの男との仲を取り持って…。忠誠心の欠片もない奴だ、そんな奴を俺は長年――」
アヤメ「そんな言い方、しないでください!(大声で」
ヤエ「…アヤメ様…(戸惑いの表情」
アヤメ「兄さん…兄さん、お願い聞いて…!」
ヒカゲ「アヤメ、お前は――」
アヤメ「(言葉を遮り)聞いて! …黙っていてごめんなさい、確かに僕は、あの人が好き。…止められないし、止めようとするとすごく苦しいんだ。とても、本当に…苦しいんだ。…兄さんには分からない苦しみなんだ。重くて、辛くて、痛くて…。でも、あの人から手紙が届くと、その文字を読んでいると、その苦しさが全部消えて、…癒えていくんだ。それが分かる。だから、僕には、あの人が必要なんだって、そう思う。お願い、兄さん…。分かって…。僕、兄さんも好き、でも…あの人の事も…。あの人だってそう…なのに…」

ヒカゲ「…そうか…(静かに言って、その場に座る」
アヤメ「兄さん…(ヒカゲを見つめる」
ヒカゲ「…この手紙…(便箋を一枚拾い上げ、まじまじと見つめる)」
ヒカゲ「…これが、届かなければ、お前からあの男が完全に無くなったというのに…!(忌々しそうに」
【状況:ヒカゲ、手元の便箋をビリリと二つに破り、手近にある全ての便箋を手当たり次第に掴み、破っていく】
アヤメ「いや! やめて、兄さん、やめて!(ヒカゲの腕に縋りついて止めようとする」
ヒカゲ「黙れアヤメ、これはお前の罪だ、俺が、主(あるじ)が裁くべき罪だ!分かれ、利口なお前は今までずっと俺の言う事を聞いてきた、良い子だ。それが何故、ここでいう事を聞かない!」
アヤメ「駄目、絶対に嫌! あの人の事だけは、絶対に、絶対に――」
ヒカゲ「離せアヤメ!」
ヤエ「アヤメ様、ヒカゲ様もおやめください!(2人の間に止めに入ろうとする」

【キキョウが、部屋の前に現れる】
キキョウ「ねぇ、なぁに? さっきから煩いよぉ」
ヤエ「キキョウ様…!」
キキョウ「えぇ、ちょっとどうなったのこれぇ?(部屋の有様を見て」
ヒカゲ「キキョウ、これはアヤメと俺との問題だ、お前は入ってくるな!(鋭く」
アヤメ「お願い、キキョウ兄さん、ヒカゲ兄さんを止めて…! 兄さんは、僕への手紙を…!」
キキョウ「…ふぅん…(一人一人を見つめて状況を理解し」
アヤメ「兄さん!」
キキョウ「(冷静な口調で)ヒカゲさん、破くことなんてないよぉ。…ま、むしゃくしゃしてるんだったら別に良いと思うけど」
ヒカゲ「むしゃくしゃなどで済む問題ではない! キキョウ、お前は口を出すんじゃない」
キキョウ「(クスクスと笑い)出したくなるよぉ、こんな事…。……だって、これいわゆる修羅場でしょぉ?」
ヒカゲ「茶化すな! アヤメの教育への不行き届きは、主である俺の――」
キキョウ「何が不行き届きって?」
ヒカゲ「だから、アヤメがあの男の事を…(苛々した様子で」
キキョウ「ふふ、あの男ねぇ…」
ヤエ「キキョウ様、お願いです…!(何かを訴える目でキキョウを見つめる」
キキョウ「(ヤエからの視線を受け止め)もうそろそろ限界さ、…何にしろね」
ヤエ「そんな…!」
キキョウ「(懐から一枚の紙を取り出し)…にしても、面白かったから肌身離さず持ち歩いておいてよかった。…私の部屋なんかに仕舞って、こぉんな風にヒカゲさんに見つかったら、怒られるの私だったかもしれないものねぇ」
アヤメ「兄さん…?(ワケが分からない、といった表情で」
キキョウ「ごめんねぇ、ずっと黙ってて。…(紙を読み上げ)…死亡宣告書、…宮野 ツバサ殿。…医療用語とか難しい言葉は省いて、向こうについてわりとすぐ、ケガが原因の感染症で3日3晩苦しんで、亡くなったらしいよぉ」
アヤメ「……え、なんて…?」
キキョウ「だからぁ、(クスクスと笑い)二ヶ月前、アヤメさんと分かれて、かの国へ行ってすぐ、死んじゃってたって事」
ヒカゲ「そんな馬鹿な話があるか、キキョウ。お前まで嘘をつくというのか、そんな事が俺に通じるとでも…」
キキョウ「嘘はついてないさ。…ほら、見てご覧よ(二人に見えるように、死亡宣告書をぺらりと見せる」
【状況:絶句するアヤメとヒカゲ。ヤエは無表情でその場に居り、誰とも目線を合わせようとせず、キキョウは微笑んだまま佇んでいる。間をあけて、アヤメが喋りだす】
アヤメ「…そんな…(搾り出すような声で) …そんな、そんなの嘘だ。…だって、だって…あの人から手紙が、来ていたもの! 何度も、何度も、何度も、こうやって! 兄さん、これは何だっていうんだ!?(叫びながら、千切れた手紙の束を両手で掬い上げる)」
キキョウ「…さぁ?(両腕を組み、視線をちらりとヤエに向ける) …毎回毎回、貴方への手紙を持ってきてくれていた、その人に聞けばいいんじゃない?」
アヤメ「ヤエ…!? (はっとして) まさか、(黙っているヤエの肩を揺さぶる)ねぇ…!」
ヤエ「(俯き)申し訳、ありませんでした…アヤメ様…」
ヒカゲ「お前、何を勝手な事を…」
ヤエ「(千切れそうなか細い声で) ヒカゲ様に、あの方との絶交を命じられたアヤメ様は、見ていられないほど落ち込んでいました…。…それでも、あの方からの手紙で、生きる意味を得ている、そんな状況で、…ある日、その宣告書が…。…キキョウ様から聞かされ、見せられたとき、私は、何よりもアヤメ様を心配しました。…この状況であの方を失ったと知ったアヤメ様の心の痛みを、推し量り……私の足りない頭で考えた最善の策が……」
アヤメ「…そんな…」
ヤエ「アヤメ様、申し訳、ありません…」
アヤメ「…そんなの、嫌だ…嫌…嫌だ…(ヒカゲ、キキョウ、破れた手紙、ヤエを順に見つめ)全部嫌だ、こんなの夢のはずだ…、お願い、お願い、覚めて、覚めてよぉっ」





アヤメの絶叫を持って、終了。


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